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事業縮小と撤退。それは起業より事業継続より苦しかった。

DX@母ちゃんさん_画像 DX@母ちゃんさん 第53話

2020/5/19 掲載

こんにちは、DX@母ちゃんです。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う不要不急自粛の影響で、様々な業種の事業者が苦境に立っていると思います。私の会社でも、影響がかなり出ています。

家賃収入の約2割はテナントさんからのものです。家賃減額交渉やテナント解約が相次いでいます。また運営していたレンタルスペースや民泊事業、シェアハウスにも多大な影響が出ており、厳しい以外の何物でもありません。

こんな時は誰に何を言われようと、融資を受けて手元資金を厚くしておくこと。経済対策として、たくさんの補助金や利子補給制度が出ています。自粛要請が長引いたり、新型ウイルスの第二波が来たりした時の危機管理を考えておくことは、経営者として鉄則だと思います。

■ 事業の損切りは起業よりも苦しい

過去に事業を縮小、撤退した経験があるので、損切りとして撤退させるのは経営者の苦渋の決断である事は良く理解しています。新規で事業を起こすよりも苦しいです。特に人を雇用していると非常に難しくなります。

私は過去に父の法人の経理と営業を担当していたのですが、今までに何度も危機的状況を経験しました。自動車関係の会社で、昭和57年に父が個人として創業したもので、法人設立したのは私が入社してからでした。

事業を継ぐと言った娘( 私 )が今後、事業を継続して行くには、免許要件が必要でした。個人事業では免許要件を引継ぐ事が出来ないため、法人を設立しました。代表者ではなかったものの、会社経営の全権を任されていたと言っても過言ではありませんでした。

入社してから自動車業界にとって大きな法改正が行われ、追加設備投資をして免許要件を満たす必要があり、設備投資を余儀なくされました。この莫大な設備投資の資金借入が父の会社の事業収益を圧迫しました。

当時、この流れを一番理解していたのは経理として法人の財布を握る私だったと思います。
元々業種的に利益率は悪くない方でしたが、売上の余剰はスタッフの給与支払いと経費、そして増え続ける仕入に消えていきました。仕入が非常に高騰し、仕入金額を抑えるのが非常に困難な時代でした。

このままではいつか事業がダメになると考えて、リーマンショック直後に事業縮小を考え始めました。その為には別の収益の柱が必要だと思ったことが、不動産事業に入るきっかけの一つとなりました。( 今はコチラが中心になりました )。

■ 人を雇用していると撤退が困難になる

そこから私は事業縮小の道を模索し始めました。雇用を守る事を第一に考え、まずは徹底的な経費削減をしました。しかし、仕入れを減らすと結局売上高も減ることとなり、悪循環でした。

個人事業から法人へ変わった事業者が陥りやすいことに「 労務問題 」があります。当時、父の会社のスタッフとして働いていた人間が残業を巡り労働組合を結成、ユニオンと共に団体交渉に乗り込んで来ました。

こちらも初めての事で、弁護士を雇い、団体交渉に応じざるを得なくなりました。毎日、胃が痛くなる出来事の連続でしたが、何とか和解しました。この時点で何人かが辞めていきました。

雇用存続を第一優先に考えて行動してきた結果が団体交渉とは…。この時の絶望感は半端なかったです。私は何のために仕事をして来たのだろうと悩み、会社経営なんて向いてないから辞めてしまおう、本当に全部から逃げだしたいと何度も思いました。

でも、その私を引き留めて、「 もう一度頑張りましょう 」と言ってくれたのもまた、スタッフでした。( このスタッフは私の会社へ移り、既に20数年一緒に働いている盟友です )

残ったスタッフと共に、売上向上につながる打開策を見付けようと日々模索を続けました。しかし、結局赤字と言うのはバケツの底に穴が開いている状態。幾ら売上を増やそうがバケツの底をふさがない限り、ずっと赤字を垂れ流すのだと理解しました。

そして、支払経費の中で一番大きな部分を占めるのが人件費です。ビジネスが即撤退できないのは、人を雇って事業をしているのが大きな原因だと思います。数字では割り切れても、そこに感情が入ると前に進めないからです。

結局、スタッフ1人ずつと話をして理解してもらいました。父の法人のスタッフが全員辞めて、ようやく自動車事業を縮小し、撤退できたのは、事業縮小を考え始めてから約8年後のことです。スタッフの転職先を見つけるのも仕事でした。

今は法人格だけ残っていますが、不動産を保有している為、資産管理法人的な位置付けとなっています。

■ 信用を築くには長い年月がかかり、信用をなくすのは一瞬

私が不動産事業に参入するにあたって設立し、代表となった法人が、最初から銀行融資を受けられたのは、父の法人の業歴に対する信用です。父の会社はどんなに支払いが苦しくても税金支払いと融資返済を滞ることはしませんでした。

当たり前の話なのですが、返済を滞らせてしまうと、私の法人にも必ず影響が出て来ます。その為、運転資金などの融資は受けますが、今後どんなに苦しくなったとしてもリスケなどは考えていません。

信用を築くのは長い年月が掛かりますが、信用をなくすのは一瞬です。

支払が苦しくなり、資金繰りの事ばかりを考えていると、マイナスな考えばかりになります。過去に何度も危機的状況を乗り越えて来て、首の皮一枚で繋がっていた事もあります。人に裏切られ、事業なんてやめてしまおうと何度も考えました。

いつも何とか乗り越えられて来られたのは、家族がいたからです。事業に絶望し、資金繰りに苦しみ、人が信じられなくなった時、一つだけ本当に大事な物が自分の中で残りました。それが私にとって家族です。

小さな息子たちが寝ている顔を見る度に、このままではいけない、どうやればこの状況を乗り越えられるか、ハゲそうになるほど考えて考えて、行動と決断をして来ました。

危機的状況になっている時は、本当に生きるか死ぬかの瀬戸際です。でも、どんなに借金があろうと、資金繰りに苦しもうと、死ぬ事だけは考えた事は有りません。借金が残ろうがまたイチから働いて返せば良いのです。

明けない夜はない、今死んではいけません。ニュースで自殺の報道を見る度に本当に悲しくなります。

■ 生き残るために柔軟に進化していきたい

会社経営を行い、事業を行うという事は、良い事ばかりではありません。辛い事の連続で今までにも山のように失敗をして来ています。あの時ああすれば良かった、という後悔は先には立たず、全ては自分の決断による結果です。

高過ぎる勉強代を何度も払って来ましたが、失敗して来たからこそ、今があるのだと思います。危機的状況になった時、いつも誰かがアドバイスをくれたり、その打開策に向けての手助けをしてくれたりしました。人に恵まれているなと感じます。

そんなアドバイスや手助けしてくれた人に対し、今度は何か自分がお手伝いできる事を考えご恩を返していく事が出来ればと思っています。

人が好きなので、事業を辞めようとは思いません。きっとこれからも雇用をし、事業継続の道を模索しながら、細く長く事業継続して行ける道を考えると思います。

今までの価値観がひっくり返り、世の中がどんなに変わっても生き残っていく為に柔軟に進化していきたいと思います。そして自分の周りにいる人が幸せになる事を願っています。

本日も最後までお読みいただきありがとうございます。ではまた次回、皆様お会いしましょうね〜(^^)/

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プロフィール

■ DX@母ちゃんさん

dx

不動産賃貸業
兵庫県内で夫と二人の息子と4人暮らし
ブログ:ゆかいな大家さんと不動産投資

■ 経歴

□1974年生まれ

□1995年
大学のデザイン科を卒業。就職氷河期だったため、希望のデザイン系職種には就職できず、営業職に就く

□2001年
父の会社に入社

□2007年
相続で6戸中3戸空室のアパート一棟のオーナーに。管理会社の裏切りで200万円を損する。書籍や先輩大家さんのブログ等で不動産投資の勉強をスタート

□2008年
勉強をする中で、「不動産投資は安定収入を築くのに最適」と思うようになり、競売を中心に物件を買い始める。中古物件にデザインを取り込んだリノベーションを施してバリューアップする手法を確立

□2011年
管理業務を任せるために専任のスタッフを雇用。売買の案件が増えたため宅建業を取得

□2012年
利回り重視から、資産性重視へと方向をシフト。収入の柱を増やすためにロードサイド店舗、駐車場、簡易宿舎経営等を始める

□2018年
所有物件は約176戸、家賃年収は約13,000万円

■ 主な所有物件

0号物件〜7号物件までは売却済
9号物件、 好立地築古再生 RC1棟 
11号物件、築浅物件 鉄骨1棟
13号物件、駅近築古再生RC1棟
  16号物件、駅近築浅軽量鉄骨物件 宿泊施設1棟
17号物件、事業用貸土地
18号物件、繁華街物件 店舗兼宿泊施設1棟
19号物件、事業用定期借地権付土地
20号物件、築古再生アパート 鉄骨1棟
21号物件、事業用定期借地権付土地
22号物件、駅近築古再生物件 RC1棟
23号物件、築浅3階建木造戸建
24号物件、築浅RCシェアハウス
25号物件、築浅RCマンション
26号物件、新築店舗物件
27号物件、借地高利回物件
28号物件、新築木造

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