さて、今回から私なりの解説を加えて、近年の注目の裁判例をいくつかご紹介させていただければと思います。第1弾は、老朽化アパートの建て替え事案で、わずか賃料6か月分の立退料になった判決をご紹介します。
やや特殊事案ではあるものの、裁判例の傾向からすると、相当低額な立退料の判決が出たという印象です。
1、築古APに賃料を払いながら10年以上居座った入居者
事案は要約しながらお伝えさせていただきます(東京地判令和3年12月14日ウエストロー・ジャパン)。
- 平成12年から、昭和43年建築の木造アパートを、賃料月額合計4万5千円で貸していました。
- 2年ごとに4回更新され、平成20年の段階で、最後の賃貸借契約書を締結し、「契約更新は今回限りとし、更新期間満了とともに賃貸借契約は終了する」との特約を定めました。
- もっとも、賃借人は残りの期間を満了しても立ち退かず、その後も賃料等も供託して居住を続けました。
- 結果として、最後の賃貸借契約から10年以上経過した令和2年になって、賃貸人から立退請求訴訟を提起したという事案です。
平成18年時点では満室でしたが、平成31年頃から、本件被告となった賃借人のみが単独で居住していたという事情、令和3年頃には、1階、2階とも倒壊可能性があるという建築士の診断もあり、実際に2階廊下部分が倒壊しないように、応急処置的な補修も行っていたという事情がありました。
事案としましては、築年が相当古く、耐震基準上も倒壊可能性があると診断が出ている木造アパートで、どうしても立ち退かない以上、訴訟に打って出たという、よくある紛争です。
ただ、ポイントとしては、老朽化等の程度に加えて、最後の契約更新時に、「更新は今回限り」とした特約を結んだうえで、そこから約10年間も供託を繰り返し居住を続けた、そしてその他の居住者もおらず、この被告だけになったというのが特殊事情といえるでしょう。
2、6か月分の賃料の立退料と引き換えに明け渡しを認める
結論としては、裁判所は、原告・賃貸人側が申し出た6か月分の賃料(27万円)の立退料と引き換えに、明け渡しを認める判決を出しました。
本件被告以外の居住者がおらず、収益性が非常に悪化しており、木造にて倒壊危険性も高いこと、建て替えの具体的計画があることからすれば、明け渡しの必要性が高い。
一方で、約30年も同じアパートに居住し、70歳を超える被告の居住の必要性も高いものの、最終の「更新は今回限り」の特約から、10年以上も居住を継続している以上、この建物にて居住する必要性は相対的に低下している、というのが理由の骨子です。
3、「定期賃貸借契約」を締結しておくべき
1.まず、判例紹介のタイトルだけをみると、半年の立退料という観点は、「実務相場」はさておき、「裁判例相場」としては、安い立退料だなという印象を受けました。
また、事案としても、築50年を超える老朽化建物の立ち退き事案なので、診断書等がそろっていれば、立退判決は出る事案だと感じましたが、立退料は、立地や事情によりまちまちなので、どういう理由で半年分の立退料の認定になったのかなというのが疑問で、読み進めました。
2.本件の事情としては、大きなポイントが、「更新は今回限り」との特約があったことと、そこから10年以上も供託まで続けて居座っていたことがあげられます。
どういう事情でこの特約を締結できたのかわかりませんが、本来、法的にはこの特約だけでは更新することを妨げず、本当にこの特約どおりの契約にしたいのであれば、「定期賃貸借契約」を締結しておくべきでした。
ただ、この契約は、単に契約書を「定期賃貸借契約」とするだけでは足りず、「2年の期限で更新がない」「本当に立ち退かなければならない」旨の契約書と別書面での説明が求められています。
当時の詳細な事情はわかりませんが、類似の状況に陥った大家さんは、本来は「賃料を割安にするなどの対価を交渉材料」として、「建て替え前の賃借人からは『定期賃貸借契約』」という点は覚えておいて損はないと思います。
3.特約を締結した経緯はわかりませんが、倒壊可能性が高く、他の賃借人も出て行っており、被告単独の居住、かつ、「更新は今回限り」の特約から10年居住ですから、さすがに低額の立退料という認定も、納得の事情かとは思います。
4.ただ、結論だけを切り取ると、裁判例上比較的低額の立退料ではあるものの、実際には、①裁判の弁護士費用、②建築士の意見書作成費用、③認定された立退料に加え、判決が出た以上、④強制執行手続に発生する執行費用を踏まえると、数十万円では収まらず、トータル数百万円の支出があったのではないかと推測できます。
なので、やはり立ち退き事案は大家さんにとって、係争になること自体があまりよくない事案だなと日々感じます。
4、不動産の有効活用を図る旨の法改正や裁判例傾向が進んできている
今回は比較的新しい裁判例から、気になる事案をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。
最近感じるのは、事故物件ガイドラインの策定や、令和5年4月1日施行の所有者不明土地・近隣関係の規定の整備など、法律や裁判所の傾向としても、不動産の有効活用を図る旨の法改正や裁判例傾向が進んできているなという印象があります。
今までは私有財産制や居住者の居住権の保護に傾きすぎてしまい、不動産の有効活用が阻害されてきた側面もあるので、テコ入れが今後どんどん進んでいくのかもしれませんね。今後も法改正とともに近年の裁判例は要チェックだと思います。
最後にお知らせです。下記のように、不動産大家さんのトラブル専用のホームページを公開しています。興味がある方はブックマーク等お願いいたします!( ※おそらく、自然検索では辿り着かないと思われます・笑 )
では、また次回もどうぞ、よろしくお願いいたします。