賃貸物件の多くは、集合住宅、または共同住宅と呼ばれる建物だ。複数の世帯が入居する建物であるため、一戸建のような一般住宅とは比較にならないほどの頻度で、様々なトラブルが起きている。それだけに、賃貸経営を進めるにおいて事故は避けられないものと理解しておく必要がある。
今回から、賃貸物件で事故が発生した場合の対処方法を学んでいくことにする。
・一般住宅と賃貸物件では事故に違いはあるのか
台風被害などの自然災害によって建物が損傷被害に遭う可能性は、一般住宅も賃貸物件もそう大きくは変わらないだろう。しかし、その被害を認識できるまでの時間には大きな差がある。それは何故なのか。
一般住宅にはその持ち主が暮らしているが、賃貸物件の家主は別の場所に暮らしていることが多い。つまり、建物が損傷するような事故が発生した場合、それを最初に知るのは家主ではないことが多いのだ。
だから「誰か」の手を借りなければ事故の発生を知ることができない場合が多いのである。これは所有建物を他人に貸し渡してしまうという賃貸物件特有の性質ともいえる。
・家主はいち早く事故の発生と被害状況を知る必要がある
「物件に損害があるかどうかを保険会社に見に来てもらいたい」
時折このような依頼を受けることがある。しかし事故発生の事実と、受けた損害の程度(=復旧費用)を保険会社・代理店に報告する義務は、保険約款では保険契約者(または被保険者)が負わなければならないと定められている。
つまり、損害箇所を発見することも、損害の復旧にどれだけ費用が掛かるのかを示すことも、家主に課せられた責任といえるのだ。
火災保険に事故による損害を請求する場合、重要となる項目の1つが、事故がいつ発生したのかということだ。これが曖昧だと、保険会社は事故の受付、その後の処理業務ができない。
賃貸物件で発生する事故は、自然災害や人為的な不法行為などによって建物の外部から被害を受けるものと、居室内で発生する火災や漏水事故、破損・汚損事故に分類される。
前者の場合、比較的発見はしやすいといえるが、屋根や屋上、見通しの悪い外壁など、発見しづらい箇所が損傷することもある。定期的な物件の見回りによって、被害が発生していないかどうかを常に確認しておく必要があるだろう。
後者の場合には、第一発見者は入居者ということになる。この情報を迅速かつ正確に家主が知るためには、入居者の協力は不可欠だ。
特に、入居者の不注意によって室内を破損・汚損してしまったような事故は、積極的に通知してもらえない傾向がある。普段からコミュニケーションを取り、事故が発生したら速やかに知らせてもらえるよう、入居者に周知しておく必要があるだろう。
管理会社に管理委託をしている物件であれば、入居者からの情報は管理会社を通じて入手することになる。保険会社への報告は原則保険契約者本人が行なうものだが、管理会社など第三者が行なうことも可能だ。その場合、代理店を通じて報告するとスムーズに行なえてよいだろう。
特に制限を設けているわけではないが、事故発生日から30日以上報告がなされていない場合、その発生日が正確なものなのかを詳細に調査されることもある。また、損傷箇所の劣化が進行することを理由に損害認定額が減額されることもあり得るので、早急な報告を心がけたいものである。
・最優先しなければならない、被害箇所の写真撮影
被害を受けた場合、保険会社または保険会社から委託を受けた調査会社の損害鑑定人が損害の確認をするが、すべての案件において現場に赴いて損害確認するわけではない。
半焼以上の火災や爆発、水災や大規模な漏水事故など、比較的建物全体へのダメージが大きい事故を除き、通常は保険を請求する側が撮影した写真によって損害の確認をする。これは事故処理のスピードアップを計る目的であると共に、速やかに復旧作業に取りかかれるための措置だ。
よって、保険金請求においては極めて重要な工程のひとつとなるので、撮り逃しのないよう注意したい。
特に、入居者の家財に被害が及んだ場合などは、いち早く写真撮影の依頼をしなければならない。
撮影の仕方のポイントは、損害箇所を至近距離から角度を変えながら数枚、および建物のどこに位置するのかが確認できるよう若干遠目から撮影したものを数枚用意するとよい。写真の提出はメールへのデータファイルの添付でも可能なので、代理店を通じて速やかに提出できるようにしたい。
・火災保険制度改定による影響
近年、台風等の自然災害による被害に便乗し、「保険金は使途を問わないので、生活費に充てられる」などの話法で保険契約者に保険金請求を促し、支払われた保険金から高額な報酬を受け取る「特定業者」といわれるコンサルタント業が急増している。
そのため、2022年10月の火災保険制度改定では、それ以降に締結された新契約の保険約款に「復旧義務」という項目が追加された。
これは支払われた保険金が、保険の本来の役割である損害の復旧という用途に正しく使われていないという状況を改善するためのものだ。これにより、保険金の受取り=修繕工事の完了 が必須となり、事実上の「保険金後払い」となった。
保険制度改定後の契約であれば、修繕工事を完了させない限り保険金が支払われないので、修繕しないという選択肢は事実上なくなるわけだ。大規模修繕のときにまとめて保険金請求、といったことも難しくなるので、損害を放置しない習慣付けが必要だ。
これはあくまでも新制度に適用されるルールだが、それ以前の契約についても、損害鑑定の方法に変化が見られるようになった。昨今、以下のような事例が見受けられる。
【工事費の適正化】
・屋根・外壁などの外回りで、比較的高所に損害が認められる場合、損害鑑定人が足場の敷設なしでも安全に工事が行えると判断したため、足場利用の業者の見積額と損害認定額とで大きな隔たりが生じた。
・材料費、工賃が法外に高かったため、下請けの業者に工程等を確認したところ、実際には施工していない箇所や諸経費があることが判明、工事費を水増ししていた見積額が大幅に減額された。
【災害被害と経年劣化・老朽化の見極め】
・台風など、風災による損害なのか、経年劣化・老朽化による損害(または損害の拡大)なのかを見極めるために、Googleストリートビューなどを活用して過去の画像と比較したところ、数年前からすでに劣化による損傷が発生していたことが判明し、損害認定額が50%減額となった。
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かつての損害鑑定に比べると、こんなところまで?と疑問や違和感を覚えるほど損害調査が厳格化している。
それほど現在の損害保険業界は、火災保険の収支改善に躍起なのだ。事故に便乗して老朽箇所の修繕費を・・・、などというモラルの欠如した考えは捨てるべきだ。
執筆:
(さいとうしんじ)