築34年、5階建ての賃貸マンションを「ガレージに住まう」をコンセプトに改装した例、「高津の集合住宅(MMA・持田メゾンアバンセ、川崎市高津区)」を訪問してきた。
住戸は玄関側に広い土間を設けており、同じ室内に高さの違う空間がある。天井の大胆な現しも含め、デザインの面白さが際立つ物件だった。
築34年のよくある間取りを大胆に変更
川崎市高津区にある「高津の集合住宅」は築34年、5階建てで賃貸の所在階は2~4階の全7室。改装以前は和室1室の1DKやDK+和室2室など、この年代に建てられた賃貸マンションによくある間取りで、1フロアのうち、道路側に2DK、その奥に1DK2室という構成。人気の東急田園都市線沿線で、駅からもほど近いが、つぎはぎの改修・老朽化が目立ち、今後の入居者集めには懸念があった。
リノベーションしたのは賃貸7部屋とオーナー住戸2部屋。間取りも含め、大胆な改装が行われた。縁があって設計を手掛けたのは素材を活かしたデザインを得意としている/360°。施工は建物からもほど近い場所に本社を構えるNENGOが担当した。
まずは全体のデザインを見ていこう。全部屋共通して特徴は玄関の土間である。全個室、面積の1/4は土間となっており、一般的な賃貸ではできない、まさにガレージのような使い方ができる。水回り、キッチンは玄関を入ったところからは見えないようにまとめられており、使われている設備はいずれもシンプル。
特に水回りでは1LDK住戸は浴槽があるものの、それ以外はシャワールームとなっている。一方で独立洗面台は全個室に置かれており、立地も考えると若者をターゲットにしていると考えられるが、今どきはそれでも問題ないのであろう。
壁と天井のコントラストが新鮮
土間と個室の段差以上に室内で印象的なのは壁と天井。新たに設けられたプラスターボードの壁は天高2000mしかなく、天井には届いていない。
天井高2000mより上には、通常隠される電気配線や配管も確認できる。既存の天井板は剥がされており、壁の上に荒々しい、吹き直した耐火天井被覆材がそのまま見えているのである。
天井板を剥がして現しにした物件はいくつもあるが、耐火被覆材が現しというのは面白い趣向である。ただし、湿気、風、振動などによって耐火被覆材が剥離する可能性があり、また、天井や壁の露出配管については接触しないようにと注意書きも。
一方で2000mより下のゾーンは木製のフローリングを含め、白を基調としたすっきりとした空間になっており、土間も含めるとシンプルで使いやすそうな空間だ。
既存の鉄骨と耐火被覆の粗々しさを生かしたゾーン、すっきりと白と木で仕上げられたゾーン。ラインがわかると、思わず一歩引いて見て確かめてしまう。なんでも便利に用意された、きれいだけれどよくある賃貸とは異なる個性のある部屋なのである。
だが、その意匠が面白みと感じる人がたぶん、この部屋を借りる。実際、内覧の申し込みは若手のクリエイティブ層が多いとか。
内覧時にはバイクが土間に置かれていたが、そうした使い方をしたい人ならそれだけでも決定要素となるだろう。土間の使い方をあれこれ考えてインテリアを楽しめる人ならこれほど面白い空間はないだろう。
2DKを広いLDKのある1LDKに
それぞれの個室をみていこう。2階、3階にある道路側に面する部屋はもともと入り口すぐにDK、奥に和室2室の2DKだったところを、玄関に土間を設け、その先に広いLDK、奥のガラスの引き戸を開けた先を寝室にしていた。
こちらの部屋の土間部分には自転車が置かれていたが、収納やコレクションを置く場所にすることはもちろん、デスクを置いて仕事スペースにすることも可能な広さである。住む人によって使い方は異なりそうである。
この部屋は51.44㎡と広くもあり、また、公道側で明るい。キッチンもガスコンロが3口、バスルームもあり、想定としては1人あるいは2人暮らしか。寝室が奥まった場所にあって見えにくいのも良いと思う。この部屋は募集開始から2日程度で申し込みがあったそうだ。
同じ1DK改修も作り方に差
もともと建物のエントランスから見て奥にある、1DKだった2部屋は広さは27.36㎡、26.78㎡とさほど変わらないのだが、間取りは空間に合わせて1DKと1LDKに変更されている。奥の部屋は入ったところに土間、おなじ土間でワンステップ上がってキッチンがある。その奥からがフローリングの居室、水回りという作り。
ワンルームではあるが、トイレやシャワールームなどの水回り用の壁が個室のように設けてあるため、それが目隠しとなり、室内のおそらくベッドを置くであろう場所が玄関からは見えないようになっているのがアイディア。かつての間取りが玄関から室内が丸見えになっていたであろうことを考えると、工夫のある部屋になっているのである。
これはもう1室も同様。入ったところに土間とキッチンがあるのは同じだが、水回りは反対側にあり、フローリング部分には引き戸の仕切りがつくられている。ベッドを置いたらそれで一杯といっていいほど細長い部屋だが、これも面白いアイディア。
この部屋の場合、玄関に立つと室内が全部見えてしまうので、そこにほんの少し壁を作ることで、空間が分かれているのである。
また、その寝室内の窓際には椅子がひとつ置けるほどの小さなベランダスペースがあり、これもまた、良い空間。ごくごくわずかな場所だが、ここに座ると違う世界があるように感じられ、限られた空間を生活の場面で使い分けることができるのである。
天井で空間を仕切るというデザイン
最後に見せていただいたのはオーナー住戸。広い水回りやキッチンを設けた空間となっている。他の部屋と違い、アールのついた天井が作られている。白を基調にしたシンプルな空間だが、天井にある唯一の曲線が良いスパイスになっている。
しかも、面白かったのは同じサイズのアールではなく、異なるサイズのアールになっており、それがなんとなく空間を仕切っているように感じられる。壁ではなく、天井で空間を仕切るというやり方もあるというわけだ。
この物件では内部だけでなく、建物の強度を高めるために外壁などにも手を入れたり、館銘板を塗装でやり直したりと表層的なもの以外のアップデートもしたそうで、建物を安全に長く存続させていきたいという意図が感じられる。
リノベーションしたことで賃料をアップさせたというが、この意匠に魅力を感じる住まい手は確実にいるに違いない。適切に手を入れられれば、次の世代にも賃貸経営を引き継げるというわけである。