家賃滞納者と関わっていると「どうしてここまで放置していたのか」「なぜこの電話をもっと早くにかけてきてくれなかったのか」と残念に思うことが多い。
そもそも滞納したからと言って、いきなり訴訟される訳ではない。滞納が始まって、家主や管理会社や家賃保証会社から督促がされ、それでも払えなくて滞納が改善されない状況にならないと始まらない。
数日支払が遅れたり、ちょっと散財して1ヶ月払えなかったくらいでは、明け渡しの裁判を起こされることはないのだ。
訴訟まで起こされるということは、賃借人側は完全に収支のバランスが崩れているということ。生きていれば不測の事態も起こり得る。だからこそ人々は、僅かながらでも貯金しようと思うものだ。しかしながら滞納状態が改善しないなら、その備蓄すら底をついているということに他ならない。
訴訟まで起こされたのが若い賃借人なら、親をはじめとする親族に助けを求められないと考えることが順当だろう。もしかしたら家出をしたり、借金の尻拭いをしてもらって、もう頼れないのかもしれない。
一方これが中高年の滞納となると、本来年齢的にもあるであろう貯金もないということで生活レベルを下げるしかない。一日も早く身の丈に合った物件に転居して、収支のバランスをとり、滞納分を返済して、最低でも1,2年は生き延びられる額を貯金する、これがセオリーだ。この当たり前のレールから逃げてしまう人が、家賃滞納になってしまう。
強制執行の高額化
「払います」と言うものの、一向に支払ができなかった賃借人。お盆を過ぎた頃、家賃の6ヶ月分くらいの滞納額で訴訟手続きを依頼された。かれこれ3年以上、払ったり払わなかったりを繰り返していた。夫婦共働きで、なぜか滞納。どうやらパチンコ等に、お金が流れていっているようだ。
なんとか任意の明け渡しの交渉をしようと、訪問したり手紙を出したり電話したり。あの手この手でコンタクトを試みたが、結局、賃借人夫婦とは連絡をとることができなかった。当然のように、この手続きに入ってからも家賃が払われることはなかった。
裁判の期日にも欠席。何の反応もしなかったので、結局すぐに明け渡しの判決は言い渡された。あまりにあっけなく終わったのが気にはなったが、共働きなので数か月がんばれば転居費用も捻出できるだろうから、もうすでに夜逃げしているかもしれない程度に思っていた。
ところが現地に行ってみると、明かに生活感が漂う。引越ししそうな気配もない。置手紙をしても、反応はない。
強制執行になると、家主側の負担額は安くはない。これは荷物を撤去して、いったん倉庫に保管し、指定された期日に売却もしくは処分するためで、特に首都圏だと土地代が高いためか倉庫の費用が高額になってしまうことが要因だ。
しかも荷物の撤去費用も、一般的な引越し代金の2倍ほど。これは1時間程度で荷物を完全撤去させてしまうので、その分、作業する人数が必然的に多くなるからだ。一般的なワンルームですら、かかる費用は30万円ほどになってしまう。これが荷物の多い世帯になると、執行業者に支払う額だけでも軽く50万円を超えてしまうこともある。
家主の負担を考えれば、賃借人から「所有権の放棄書」を取得することがいちばん安上がり。安価な業者にお願いして、一気に処分できるからだ。しかし今回は賃借人とコンタクトが取れず、放棄書を取得することもできなかった。
昨年12月27日の強制執行
最終的に荷物を完全撤去される日時が決まった。なんと年の瀬の12月27日午前10時。「執行官も攻めるな」と思ったが、年を越したくなかったのだろう。
この日時は、12月3日、執行手続きの催告で室内に執行官が入り、公示書を貼りつけて賃借人側にはアナウンスされていた。さすがに強者の滞納者ではあるが、年の瀬に部屋から追い出されるとなると「そら自発的に動くだろう」と関係者誰もが思っていた。
そうして年の瀬が近づいた12月26日、初めて賃借人から電話がかかってきた。内容は「追い出さないで」。この4ヶ月、何しても連絡とれなかった相手からの開口一番だった。
この間スルーしていたのも「何とかなるだろう」そう思ったからだと言う。さすがに「止めてください」と嘆願されたとしても、執行官は手続きを止めるわけにはいかない。具体的に引越しがいつに決まったので、そこまで待ってと言われれば検討の余地はあるが、ただ「出されても行くところがない」と言われるだけでは無理な話。
賃借人は執行官や代理人そして第一審の代理人であるわたしのところへ一日中電話をかけてきたが、結局手続きは止まらず、27日朝に身の回りの物だけを持って部屋を後にした。室内には、ちょっと前まで生活していた感がそのまま残っていた。
計画的に行動できない。これが滞納者なのだ
執筆者:太田垣章子(おおたがき あやこ)
【プロフィール】
司法書士・章(あや)司法書士事務所代表
平成14年から主に家主側の訴訟代理人として、悪質賃借人の追い出しを延2000件以上解決してきた賃貸トラブルのエキスパート。徹底した現場主義で、早期解決のためにトラブルある物件には必ず足を運んできた。現場で鍛えられた着眼点から、賃貸トラブルの解決を導く救世主でもある。著書に「賃貸トラブルを防ぐ・解決する安心ガイド」(日本実業出版社)がある。