前々回と前回のコラムで紹介した、亡くなった父親が愛人に贈与したお金の贈与税の支払いを相続することになってしまった地主さん(Aさん)とその妹さん(Bさん)のお話の続きです。
参照:請求額1億6千万円。亡き父が愛人に贈与したお金の贈与税支払いを相続することになった地主さんの実例1
参照:亡くなった父親が愛人に贈与したお金の贈与税支払いを相続することになった地主さんの実例2
Aさんたちのミスを見逃さなかった国税局の怖さと、Aさんたちがその後、追加で払うことになった1億6,000万円をどのように支払ったかについて、記載させていただきます。
■国税局の怖さ
前回のコラムでAさん達が贈与税を支払わなければならなくなった経緯と理由について記載しました。
贈与税、相続税、使途不明金等についてきちんと調査し、ミスも見逃さないという国税局の怖さを知ったという読者の方もいると思います。ただ、国税局の怖さはそれだけではありません。もう一つあるのです。どういうことでしょうか?
それは、Aさんたちが、父親が愛人に贈与した3億円をその目的を調べないまま、安易に顧問税理士のアドバイスに従い「使途不明金」と申告し、相続税4,000万円を支払ったということに起因しています。
国税局はなぜ、Aさんたちに、相続税支払いについて時効が成立する直前の1カ月前に通知をしてきたのでしょうか? 調査に時間がかかり、ギリギリになったというのもあるかもしれません。国税局に問い合わせたとしたら、そのような回答になるでしょう。
でも私は、違う理由があると考えています。
それは、国税局はAさん達の相続税の修正申告の期限が経過するのを待っていたのではないか、というものです。
相続税の修正申告(更正の請求)は、被相続人の死亡の翌日から5年10ヵ月以内であれば可能です。もし、Aさんたちの相続税の修正申告の期限内に国税局から贈与税等の支払いの通知がきた場合、Aさんたちは「使途不明金」として計上した3億円が、亡くなったお父さんが愛人に贈与したお金ということが分かり、相続税の修正申告をしたと思います。
その場合、贈与税等の支払いは免れないにしても、国税局に支払った相続税4,000万円の還付は受けることができたのです。
国税局はAさんたちの相続税の修正申告の期限内に贈与税等の支払いを通知して、Aさんたちに相続税の修正申告をされ、支払ってもらった相続税を還付請求されないようにするために、相続税の修正申告の期限が経過し、かつ贈与税等の支払いの時効期限ぎりぎりに通知をしたのだと、私は推測しています。
前回のコラムでも書きましたが、贈与税等の支払いの時効期限は原則6年です。しかし、贈与があったことを隠して時効になるのを待っていたなど、偽りやその他の不正の行為があった場合は7年に延びます。
私は今回のことで、税務署や国税局は相続税や贈与税に限らず、税務申告において余分に支払った税金が過払いとなっていてもそれを必ずしも通知してくることはなく、申告した側が修正申告しなければ、そのまま修正申告の期限が経過するのを意図的に待つことがある、という教訓を得ました。
それが、国税局や税務署の本当の怖さでもあります。
■Aさん達からの売却のお手伝いの依頼
ここから、Aさんたちのその後についてです。
私と従業員は、Aさんたちから贈与税等の支払額である約1億6,000万円を支払うために、所有している物件の売却のお手伝いを依頼されました。
Aさんたちの物件の売却希望額は5億円でした。私は正直、難しい金額だと思いました。その物件は、神奈川県内の主要な駅から徒歩10分以内の場所にあり、1階はコンビニで、レジデンス部分は常に満室でした。
しかし、構造は鉄骨造りで竣工から10年ほど経っていますし、5億円で売る場合、表面利回りは3.5%ほどです。また、1階部分にコンビニが入っているのは悪くないように思うのですが、コンビニ用の駐車場スペースが無駄にあり過ぎるというデメリットもありました。
Aさんたちもこのことはは分かっているのですが、5億円で売却できれば、贈与税等の支払だけでなく、他の所有物件の借入金の完済もできるため、そうしたいという意向がありました。
■借り換え及び資産管理法人設立の提案
まず、5億円で買い手を探しましたが、その金額では買付申込は入りませんでした。一度、4億5千万円での購入希望が入ったのですが、「希望額と差があり過ぎる」ということで、Aさんたちが承諾しませんでした。
時間だけが過ぎていきます。このままだと国税局から、Aさんたちの財産への差し押さえ通知が来るという懸念が出始めました。そこで私は、Aさんたちの資産状況を改めて精査してみました。
すると、現預金はさほどないものの、金融機関の担保に入っていない不動産を幾つか所有しており、借入がある物でも返済がかなり進んでいる物件もあったため、贈与税の支払額分について借入をしても充分な担保余力があると感じました。
そこで、私はAさんたちに、「売却には時間がかかりそうである。このままだと延滞税も増えて、国税局から財産の差し押さえ通知も来てしまう。そこで、贈与税の支払額分と既存の借入金も含めた借入金の借り換えをしてはどうか?」と提案しました。
しかも単なる借り換えではなく、資産管理法人を設立して、Aさんたちが所有している物件すべてをこの資産管理法人に売却し、資産管理法人が物件および債務の承継を行うというスキームでの提案です。
なぜこのような内容にしたかというと、地主のAさんにはお子さんがいないのですが、妹のBさんには3人のお子さんがいて、AさんやBさんが亡くなった時に相続が発生するというのが分かっているからです。
そのため、次の相続のための相続税対策として、Bさんの3人のお子さん名義の資産管理法人を設立し、その資産管理法人にAさんたちの物件を今うちに移転させておくことによって、相続税対策をしようと考えたのです。ピンチを逆にチャンスに変えるという発想です。
Aさんの返事は暗いものでした。「実は贈与税の支払いも含めた借り換えの相談は、売却予定物件の借入先であるR銀行にしたことがあるんだけど、断られたんです。他の物件の借入先のJAにも相談したけど、そこもダメでした。だから、無理ですよ」と言うのです。
私が「自分がお付き合いしている信金で借り換えの話を聞いてくれるところがあります。任せて頂けませんか」と言うと、「借り換えにより、借入金が増える懸念がある。借入金が増えても、今より手残りの収入が減らないのなら、提案を受け入れてもいい」というお返事でした。
付け加えると、Aさんたちには、本当は物件を売却したくはないという気持ちがある様子でした。
■妹のBさんの懸念
Aさんたちから借り換え提案の了承をもらったので、早速、付き合いのある信金にAさんたちの資産に関する資料を持参し、話をしに行きました。すると、「是非協力させて下さい」という返事をいただけました。信金の支店長とAさんたちの面談が行われることになり、私も同席しました。
信金からの借り換えの提案内容は、既存の借入先であるR銀行及びJAの借入金と、今回の贈与税の支払額、そして新しく設立する資産管理法人の設立費用などを資産管理法人に対して融資するというものです。
更に、「借入金が増えても、手残りの収入が減らないようにしてほしい」というAさんたちの要望に応えるために、借入期間は40年で設定するという話でした。
この内容を聞き、Aさんは概ね納得してくださったのですが、妹のBさんは借入金が増えることや借入期間が40年と長期になることについて、懸念を示しました。
ただ、現実問題としてAさんたちの希望する金額では物件の購入希望者がおらず、国税局からの財産差し押さえがいつ来るかも分からなかったため、Bさんも渋々この提案を受け入れることになりました。Aさんたちの希望で借り換え後も物件の売却活動は継続することになりました。
■予想外の結末
これで色々な懸念が払しょくできます。私は良い提案ができたと思っていました。
ところが、1カ月程したある日、信金の支店長から、「koziさん、Aさんたちから借り換えの提案をお断りしたいという連絡がありました。何か知っていますか」と電話がかかってきました。
私は驚き、事情を聞くために、Aさんたちを訪問しました。すると、「実は信金への借り換えの話をR銀行に伝えたら、担当から、物件の購入者をなんとか探すのでもう少し待ってくださいと言われたんだよ」と言います。
そしてその2週間後、「4億7千万円で購入したい人がいる」とR銀行から連絡があり、二人は希望額の5億円と差はあるが、4億7千万円でR銀行のお客さんに売却することに決めたということでした。
もともとAさんたちは、私たちに相談する前にR銀行に贈与税の支払額の借入や物件売却の相談をしたけれど、返事はNGでした。それが今回、信金への借り換えを進めたことで、慌てて動いたことが推測されました。
私はAさんたちに、購入の申込額が希望額に達していないこと、売却した場合に改めてBさんのお子さんたちの相続税対策を考えなければならないことなど、R銀行の案に乗ることで予想される懸念について話しました。
しかし、Bさんは「借り換えをして借入金が更に増えるのは嫌だ。売却して借入金がすべてなくなればスッキリするし、子供たちの相続税対策は、子供たち自身が考えることだ」と言いました。
私は、「分かりました。今回の弊社からのご提案は全て取下げさせて頂きます。お子様たちの相続税対策などでご相談したいことがあれば、またご連絡ください」と言って、このお話は終了となりました。
今回の売却が正解だったかどうかはわかりません。しかし、贈与税の支払には目途がつきました。先祖代々の資産は減ることになりますが、Aさんたちの生活はこれまでと変わりませんので、お二人にとっては良かったのかもしれません。
ただし、次世代の相続税対策をどうするのかは、課題として残ったことにはなります。今回のAさん達の事例を通じて、次世代にどう資産を残して継承していくのかの難しさを改めて感じました。