昨日の前編に続いて、今回も不動産に関わるなら絶対に知っておきたい擁壁について解説します。
参照:こんな擁壁物件は買ってはいけない!擁壁の観察ポイント【前編】
今回は少し専門的な内容です。
不動産に関わる私たちですが、擁壁がなぜ作られているのか、よく考えてみると説明できない方も多いのではないでしょうか?
安い物件を探していると擁壁に出会うことが多いと思います。擁壁がどのような目的で、どのような計算式で作られているのか、理屈を知っておくことで、見る目が変わります。ぜひ最後まで読んでいただければと思います。
■山の多い日本には人が住む為の平地が足りない
擁壁を語るには、日本の国土は山地(火山地・山地・丘陵地)約75%、平地(台地・低地)は約25%と山が多く、多くの人口が住むには到底適さない国土であるという前提があります。さらに農地も平らでなくては非効率です。
まとめると、日本にはそもそも約一億の人口を支えるだけの平地がないということです。事実、おおむね平地と思われる標高25m以下の土地に住むのは日本の人口の約半分です。残り半分はそりままでは宅地に適さない傾斜地に住んでいます。
人が住む建物は、基本的に平らな土地にしか建ちません。強固な杭柱を斜面に突き立ててつくったツリーハウスのような建築もありますが、コストなど様々な面からハードルもあり、ごく少数です。
一般的に傾斜地に建物を建てるためには、斜面を削って(切土)、低い所に土を盛って(盛土)、擁壁などで土留めをして安定した平らな土地を確保していく必要がありました。
ということで、「なぜ擁壁を作らないといけないのか?」の答えですが、もうお分かりですね。日本国民全てが生活できる平地を確保するためです。
普段、平地に住んでいると気づきませんが、少し足を延ばして山地(元山地)に行くと、傾斜角30°を超える斜面ばかりです。こうした場所は土砂崩れなどのリスクを抱えています。
また、平(たいら)ならなんでもいいわけではありません。平地が多い平野にもリスクがあります。平野は1級河川の扇状地がほとんどで、大雨時など越水による氾濫や堆積土砂が地震で揺れて液状化するリスクを抱えているためです。近年の九州筑後川水系での度重なる洪水を思い出していただけたら想像しやすいでしょう。
それでも人口を増やすことができたのは、河川堤防や擁壁を発明し、それらを効率よく作れるようになり、人工的な平地を確保できるようになったことが1つの要因です。人間はそうやって、自然を様々な形で制御して、自分たちの住む場所を広げてきたのです。
擁壁に話を戻します。
この写真は1601年に建築された永山城の擁壁です。約420年現在に至るまで倒壊しない擁壁を人の手で作ったと考えると、技術力の高さに感動します。
■擁壁が崩壊するリスクを簡易的にはかれる「安息角」の知識
擁壁と切って離せないのは土です。擁壁は強く安定した地盤の上にしか建てる事は出来ません。なぜなら擁壁自体が重たいからです。
地盤の支持力であったり内部摩擦角であったりと、土質試験をしなければわからない部分がほとんどですが、事前情報がない場合は「安息角」を理解することで、その擁壁が倒壊の危険を孕んでいるのかどうかを簡易的に判断することが可能です。
安息角とは、土(岩石片や砂など)を積み上げたときに自然に崩れることなく安定を保つ斜面の最大角度のことです。この角度は、土質によって変わります。
下に、粒の大きい順に土質を並べました。粒の大きさによって、安息角は変わっていきます。
<礫(れき)>
安息角は45°です。
<砂質土>
安息角は15°~45°です。
<シルト>
安息角は15°~35°です。
<粘性土>
安息角は15°~40°です。
安息角に幅がある理由ですが、水(含水比)が密接に関係しています。土砂が含む水分によって角度は緩くなっていきます。
土砂とはこれら礫・砂・シルト・粘土が複合的に混ざり合って出来ているものです。これらの成分は土質試験で分布が分かります。そこから内部摩擦角(安定して土砂を盛れる角度)など、擁壁を構築するための初期情報を獲る事ができます。
「がけ条例」では2mを超える崖地に建物を建てる際、30°を影響範囲として考えます。かなり厳しい基準を設けている事が分かります。それだけ人命にかかわる事で、安易に考えてはいけないということになります。
■実際に斜面に擁壁を作る時はどうするか
次に、山に実際に擁壁を作っていく際に、安息角がどのように影響するかを図で説明します。(前提として含水比が最適で圧密されて安定している地山だとお考え下さい)。
図説の土地を一つの山と見たてたとき、このような形になります。
安息角30°の時、斜面の勾配が約1:1.7となります。これは高さを1mとしたときに水平距離がおよそ1.7mある形のものになります。
これを輪切りにして断面図にしてみましょう。
この山の中腹に幅10mの平らな土地を作ります。
①切土、②盛土の土の量は同一で、バランスが取れますので造成が可能です。
しかし、上のやり方では平らな土地が1つしか作れず、効率的ではありません。
仮にお客様の要望でこの山に3つの平地を造成したいとなった場合、地山の形を大きく変更しなければいけません。用地が広がり、切り盛り量も増えて現実的ではありません。
ここで登場するのが擁壁です。まず、1案として、ブロック積擁壁を10m置きに設置する案を考えてみました。平らな面が3枚出来上がりました。これで3つの平地を作る事ができました。
しかし、この造成の場合、安息角は十分に確保できていますが「盛土区間」が多く、土砂が足りていません。このままでは法尻がせり出して用地が収まりません。これを「逆T型擁壁」にして、もう少し工夫します。
「逆T型擁壁」を用いることで、今度は元の山形からはみ出さずに平らな面が3枚できました。
このように、狭い土地に数段造成するには、擁壁を駆使して土量と用地のバランスを見ながら、目的の物ができるように工夫します。擁壁を作って平らに造成していくことで、地山の安定と生活環境を整えていく事ができます。
今回はややマニアックな内容になりましたが、理屈を理解しておくと、「何か変だな?」というリスクに敏感になれると思います。明日の最終回では、擁壁の種類と特性、そして危ない擁壁の見分け方を紹介します。