前編、中編に続き、今回も擁壁について解説します。
最終回の今回は、危ない擁壁物件を買わないために、擁壁の種類や見るべきポイントなどを紹介します。
〈建築用コンクリートブロック擁壁〉
これは建築現場でよくみられるコンクリートブロックです。
一見きれいに仕上がって問題がなさそうに見えますが将来は問題が出てきます。写真を断面図に起こしてみました。道路から下は予想で書いています。
現地は最大7段積み高さ1.4mの物です。
薄い青で塗潰している部分が安息角の外に位置している土砂です。この部分の土砂は安定していません。矢印に掛かる荷重は転倒方向に常に土圧を掛けている状態になります。更に水抜き穴が見受けられないので、大雨を受けた時に水圧の影響も受けてしまう状態です。
建築用コンクリートブロックは長さ390mm高さ190mm厚みは100~190mmのブロック状です。基礎から鉄筋を立上げ、ブロックを挟みながら格子状に形が出来ています。千鳥に据える方法もあります。この場合は多少強度が上がります。
組み立て方は接合面にモルタルを塗って積み上げて出来上がります。(気になる方はぜひ作業手順をYouTubeで検索してみてください。)
さて、出来上がったI型の壁に土圧を受け続ける能力があるでしょうか?
仮に1枚の固い板であっても、地面に埋まっている高さより突き出している高さが高い物に、側面から圧力が掛かればテコの原理で倒れることは、安易に想像がつくでしょう。
出来上がってすぐの構造物は劣化も進んでいないので、鉄筋があるていど応力を受け止めてくれるでしょう。しかし、10年20年と劣化が進めば接合部のモルタルが剥がれ水が侵入し、鉄筋も錆てきます。いずれ土圧に負けて倒れる可能性があります。
ですので、施工単価は安いですが、僕は建築ブロックを土留壁としてすすめません。
①布積み
②谷積み
③積みブロック
間知ブロックは街中でよくみられる擁壁です。間知ブロックはもたれ式構造で、背面の土圧と自身の転倒する力が均衡する事によって躯体を保っています。ですので、擁壁単体で自立している構造物ではありません。
足元がしっかり埋まっている事と、背面の転圧がしっかりできていることが自立する条件です。
断面図で説明します。1つ目はバランスの取れている状態の断面です。
間知ブロック積で構造計算をするときは安息角外部(水色の塗りつぶし部分)の上に建物など建てて追加の荷重を掛ける事を基本的に想定していません。
想定した場合でも間知ブロック積みでは大きな荷重を支えられずに安定計算をクリアする事が困難な場合がほとんどです。では上部から想定外の荷重を受けるとどうなるか、次の断面図を見てください。
建物の自重が土圧に加わり転倒する圧力が高まります。
天端コンクリートの裏側に隙間が空いたり沈下したりする理由は、裏込め砕石の転圧不足もありますが、背面からの土圧が想定以上に掛かって転倒している可能性もあります。
また、足元が雨水によって洗堀されたり、水が天端を越流して背面土砂が吸い出されたりしたときも、倒壊することがあります。
写真は足元が洗堀されてブロック積の裏側の土砂が流され、転倒している様子です。
ブロック積みは背面の土砂にもたれて支えられているというという視点で見てください。足元の状況・裏側の状況もしっかりと観察しましょう。
〈石積み擁壁(カラ積み)〉
写真はカラ積みの擁壁です。基本的な構造の考えはブロック積みと同じです。積み方接合点のもたせかたで強度に差がつきます。職人の技能によってバラつきが出ますが、高齢化のため、現在積める人材は全国を探してもほとんどいません。
1600年頃に造られたものもありますが、石と接している面から雨水で砂分が吸い出されると崩壊する危険性が上がります。(最近ではこの隙間に水抜きを設置して隙間にモルタルを注入して補強する工法も確立されていますので、吸い出しを止める事も可能となっています)。
このような石を利用した擁壁はコンクリートのように簡単に50年程度では劣化しません。ただ、石そのものは強いですが、地震などの横揺れには弱いので現代では建築許可がおりません。他の方法で擁壁を作りましょう。
〈重力式擁壁〉
重力式擁壁は重力(自重)で擁壁に掛かる土圧に耐える無筋構造物となります。崖崩れ危険地帯などで防護柵を併用する場所などは、重力構造であることが多いです。
これは単純に躯体を大きくすることで抵抗力を上げやすく、崩れた土砂を受け止める衝突抵抗や滑りに対する摩擦力抵抗を確保しやすい構造だからです。
無筋なので構築しやすい反面、躯体の大きさに比例して大量のコンクリートが必要になるのがデメリットです。そして、重力式擁壁で重要なのは擁壁の直下の地盤が堅固である事がです。なぜなら豆腐のような柔い地盤に重たい擁壁を乗せたなら・・・自身の重みで転倒してしまいますから。
既存の重力式擁壁で、安息角の内に盛土・建物がある場合、構造計算で考慮されていて擁壁強度は担保されていると考えられます。理由は構造計算せずに擁壁基礎の反力を求める事はできず、反力が分からないと施工できない構造の擁壁だからです。
〈L型擁壁・逆T擁壁〉
L型擁壁と逆T型擁壁は、躯体の中に鉄筋を入れて曲げ、強度を持たせることで躯体をスリムにする構造です。つまり、躯体に掛かる曲げに反発する力を利用して擁壁をもたせるものになります。安息角の内に盛土・建物がある場合はその荷重も考慮されていると考えても良いです。
擁壁が2重に複する場合は、安息角で見れば危険かどうかが分かります。
下の図は安全な擁壁の例です。赤丸の基礎の位置が安息角内に収まっています。
問題になる擁壁は、下の図のような安息角外に基礎が位置する時てす。
建物を構築する場合、安息角内に基礎または支持杭を構築した場合は、擁壁の構造計算から建物の荷重を引くことができ安定計算の条件を緩和する事が出来ます。
〈特に注意が必要な2段・3段擁壁〉
写真は重力式の上に間知ブロック、さらに建築ブロックが積まれています。一番下の擁壁は施工当初に構造計算されたもので、想定されている高さまでは強度が担保されているでしょう。
しかし、そこに2段目3段目と土地を広く使いたい都合で積み増しする場合は、心配です。本来なら、一番下から計算しなおす必要があります。
しかし、この写真は構造物の古さからおそらくはそのような計算はされていないと思います。また、検査逃れのために2m以下の擁壁の種類を変えながら積み増した経緯があります。
このような擁壁の安全性を確認するには、役所で「検査済み証」を確認する事が必要となります。それがなければ安息角内に建物を作り直すか、擁壁を作り直すことを強くお勧めします。
第4章 コンクリート構造物の点検と異常の見極め方
ここからはまとめとして、擁壁の安全性について問題がないか、異常を発見するためにできることを紹介します。
まず、目視で異常がないか見て回りましょう。擁壁物件を持っている方は1年に1回はクラックの有無、水抜き以外から水が出ていないか、草木は生えていないか、ズレ・転倒・錆・浮き・剥がれはないかなどを確認しましょう。
過去と比較するために毎年、写真に残しておくと良いでしょう。できれば晴天時だけでなく、雨がふった翌日など点検におすすめです。ブロックの接合面やクラック部分からの水染みが跡になって異常が見えやすくなっています。
これらの異常は完成当初は発生していないものです。時間の経過とともにコンクリートは中性化していきます。風化して発生した剥がれや浮き、クラックなどから水が染みて鉄筋を錆びさせ、膨張を起こしたりします。そうなると大規模修繕は逃れられません。
世間の認識ではコンクリート構造物は自然石と同じように永久構造物と思われがちですが、実際にはそうではなく、様々な要因で風化します。我々業界人の認識では、無補修での寿命は50年です。
写真はGoogleマップで見つけた補修中の開削トンネルです。エポキシ樹脂注入・断面修復・含浸材でアルカリと防水性を再付与している状況です。このほかにもカーボン繊維シート補強・Uカットシール工法など補修方法が確立されています。
補修中
修復後完成写真
このように、適切に補修を行うことが大事です。
建設業は高度経済成長期に作られた構造物の維持補修のフェーズに突入しています。
擁壁付きの古い物件を買われる方は、早い段階で補修すれば、アルカリの再付与程度の塗りの補修で済み、少額の費用で維持できます。異常を見つけたら放っておかず、専門家にお尋ねしてみることをお勧めいたします。
相談する人がいない場合は、私にX(Twitter)にてコメント・DM頂ければお答えいたしますのでお気軽にご相談ください。(空いた時間にやっていますので、すぐにお返事できないこともあります)
XのID: https://twitter.com/shuujinsian
■最後に
この度の能登半島地震ならびに羽田空港事故で被災されました皆様に心よりお見舞い申し上げます。いち土木技術者として、災害に強い構造物を後世に残すことを改めて決意し、一層業務に邁進することを誓います。
皆様の安全と被災地の1日も早い復興、そして被災された皆様の生活が1日でも早く平穏に復することを祈っております。
このコラムが擁壁物件の購入の判断材料として、皆様の一助になれば幸いです。