このところ、にわかにバッドロケーション戦略なる単語が注目を集めている。
飲食店の企画、経営に取り組む株式会社バルニバービが淡路島その他、それまで何もない、飲食店の出店には「悪い」と思われていた場所に出店、多くの人を集めていることが話題になり、その戦略に学ぼうという気運が生まれているのである。
京都、バブル時に隆盛した北山を植物園から再興
私が初めてバルニバービの佐藤裕久氏の話を聞いたのは国土交通省が主催した、地方自治体向けのイベントの場であった。コロナ前のことで、活力を失う地方で賑わいの核をどう作るかというようなテーマで事例が語られた。
その時の事例が「Pizzeria,Trattoria,Cafe IN THE GREEN」(インザグリーン)。京都府立植物園北山門(以下植物園)の脇にあるカフェレストランで、2013年夏の植物園のリニューアルに合わせてオープンしている。
京都府のプレスリリースからは植物園の展示自体に新味を取り入れるだけでなく、もっと広く広く愛される施設を入れることで認知度を上げたいという意図が読み取れる。
植物園のある北山は京都市最北端の幹線道路である北山通以北の広域を指す言葉だが、京都に土地勘のある人なら地下鉄烏丸線北山駅周辺を想起することだろう。
このエリアは歴史を感じる街並み、町家のイメージの強い京都市の中にあってはいささか異色な雰囲気がある一画である。
というのは市内の、歴史のある他エリアと違い、北山は1980年代の北山通の開通、1990年の地下鉄烏丸線の延長がきっかけとなって意図的に開発が進んだ場所なのである。
おりしも時代はバブルの真っ只中。通り沿いには高松伸氏、安藤忠雄氏などのポストモダン建築が並び、全盛期だった1990年代前半には海外ブランドも含め、バブル期に売れた高級ブランドの多くが集まっていた。
だが、使いやすいとは言えない建築にバブルの崩壊が重なり、主要なテナントは徐々に三条、四条など中心部に移転していった。北山の繁栄はそれほどには続かなかったのである。
それでも現在もブティックや雑貨店、ベーカリーなどは多く点在しており、モダン、ハイソな雰囲気は残されてはいる。その少し終わってしまった感のある街にどう賑わいを持ち込むか。
その手が植物園を借景とするレストランだった。森の中にいるかのようなテラス、窓一面に緑が広がるレストランができたことで北山エリアに再び注目が集まるようになったのだ。
たかだか飲食店ひとつでと思う人がいるかもしれないが、飲食にはそれだけのパワーがある。遠くからでも人を集められる店が一軒できれば地域は変わるのである。
蔵前人気に火をつけたバッドロケーション戦略
その後、2022年に佐藤氏にインタビューをする機会を得た。東京人という雑誌で東京の水辺を特集、そこで同社が手掛けた蔵前など隅田川沿いの水辺にあるレストランが生まれた経緯について聞かせていただいたのである。
台東区蔵前はこの10年ほどで知られるようになったが、そのきっかけとなったのが同社が2011年に隅田川を挟んで東京スカイツリーを向かうあう土地に開業したレストラン、バーなどが入る複合商業施設「MIRROR」である。
建物自体は50余年前、まだ、隅田川がヘドロだらけで悪臭を放っていたような時代に建てられたもので、当然、川側には最低限の窓しか設けられていなかった。
以降、隅田川はきれいになってきてはいたが、佐藤氏がこの建物を訪れた2010年時点では誰も水辺に価値があるとは思っていなかった。
佐藤氏は2012年開業のスカイツリーを望める場所をと探して隅田川の対岸にこのビルを見つけたそうだが、その当時、このエリアには一軒の店もなく、地元の人達も含め、多くの人たちはこんなところで飲食店などあり得ないと反対したそうだ。
もちろん、その反対はまったく当たっていなかった。1カ月ほどで人の流れが生まれ、それは今も続いていると佐藤氏。
しかも、10年余が経ち、このエリアのビルの価格は2倍から2.5倍ほどに上がっているという。MIRROR後に生まれた周辺のマンションはかつて背を向けていた川に向いてバルコニーを作るようになっている。同社がいち早く目をつけた水辺の価値が遅れて認知されるようになっているのある。
計算、収益だけでは選ばれない時代に
一般に飲食店出店に当たっては店舗周辺の交通量を調査し、どれくらいの人が通るから、このくらいの客が見込めるだろうという計算をした上で出店を検討する。特に個性のない店であれば母数となる通行量が気になるのは当然だろう。
だが、交通量が多い、繁華な場所への出店は賃料などが高くなりがちである上、競争も激しい。賃料分稼がなくてはいけないという発想に陥りがちでサービスやテーブル間の余裕も無視されがちになる。経済論理が居心地の悪い店を生んでしまうのである。
それを逆に居心地から発想、ここで飲食できたら気持ちよさそう、楽しいだろうと思うところから考えて場所を選んでいるのがバッドロケーション戦略。その場合に大事になるのは生活者としての自分の感覚だろう。
だが、多くの人はビジネスを計算、収益から始める。もちろん、それらの数字も大事だが、計算で生み出されたモノは他の人も計算できる。計算は意外性を生んだりはせず、共感も生まない。そう考えるとこれだけ飲食店がある時代には違うアプローチが必要ということなのかもしれない。
そして、それを不動産で考えたらどうだろう。収益は気になるとしても、一度、それを横に置いて自分が気持ち良いと思える住まいは何かを再考してみることは何かのきっかけになるかもしれない。
ところで同社の経営ですごいなと思うのは、普通複数の店舗を出しているところはネーミングその他に共通性があり、ここはあそこがやっているというのがなんとなく分かる。
もちろん、同社もそうしたカフェなども運営しているが、それ以外は後になって、ああ、あの店は同社がやっていたのかと思うことが少なくないこと。1軒ずつの完成度が高いということだろう。ここにも学ぶべきことがあると思う。