34歳の時に、船の沈没というアクシデントが元で19歳から15年間続けていた家業の漁船漁業を廃業しました。陸に上がり目指したのは、世の中の政治状況や経済状況といった色々な柵から解放された「 究極の自由 」という無謀なものでした。
40年ほど前、当時漁業経営をしていた父はいつも眉間に皺を寄せて苦しそうに見えました。同様に19歳から家業の船に乗り24歳で漁船の船長になったオイラも、先の見えない苦しみと閉塞感を常に持つことになりました。
「 なぜなんだ? なぜこんなに頑張っても一向に経営が楽にならない? 」
親戚の経営している漁業会社は順調に利益を上げているのに、我が家の漁業経営は苦しい状態にあることに合点がいきませんでした。
「 来年もソ連( 当時 )と日本政府の漁獲量割り当て交渉が無事に妥結して、出漁できるだろうか? 」
自分ではどうしようもない、そんな不安も尽きませんでした。
漁業資材に経費をかけても元が取れなければ負債として残ってしまう。かといって、経費をかけなければ漁獲高が見込めない。そして、漁獲高が上がらず高い歩合給を払えなければ、次年度は漁船員も集められない…。
漁獲高を上げるために新しい漁船...
40年ほど前、当時漁業経営をしていた父はいつも眉間に皺を寄せて苦しそうに見えました。同様に19歳から家業の船に乗り24歳で漁船の船長になったオイラも、先の見えない苦しみと閉塞感を常に持つことになりました。
「 なぜなんだ? なぜこんなに頑張っても一向に経営が楽にならない? 」
親戚の経営している漁業会社は順調に利益を上げているのに、我が家の漁業経営は苦しい状態にあることに合点がいきませんでした。
「 来年もソ連( 当時 )と日本政府の漁獲量割り当て交渉が無事に妥結して、出漁できるだろうか? 」
自分ではどうしようもない、そんな不安も尽きませんでした。
漁業資材に経費をかけても元が取れなければ負債として残ってしまう。かといって、経費をかけなければ漁獲高が見込めない。そして、漁獲高が上がらず高い歩合給を払えなければ、次年度は漁船員も集められない…。
漁獲高を上げるために新しい漁船...
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