10月に時間を取って、数日台湾の台北、台南へ建築系メンバーと出かけたときに、それぞれの都市で印象深かったのは、日本ではすでに姿を消してしまったいわゆる「戦中」のにおいを残した建築、住宅がいまだ生かされているということだった。
歴史を現代に価値としてよみがえらせる視点を台湾の都市で感じた。日本が忘却してきたもうひとつの、ありえたかもしれない「戦後」がそこに見えたのだった。
台湾と日本の建築的関係
2023年の10月に建築系のメンバーと台湾の都市を訪れる機会があった。以前2016年に台中の建築再生を視察に行って以来の、都市見学だったが、そこに見えたのは、中国とも日本とも異なる、戦後の時間経過の上に生まれている都市のひだと、人々の生活だった。
ご存じのように、台湾という国家自体は太平洋戦争の終結時に存在していた中華民国国民政府によって統治されるところに始まる。
しかし、この国民政府は1949年に中国共産党との争いに敗れ、政府を南京から台北へと移すことになり、のちの一国二制度につながっていく。
その首都である台北、また南部で高雄に次ぐ位置の台南に今回行ってみると、そこに見られたのはいくつかの「日式建築」、「日式住宅」の元気な姿だった。
この「日式」とは、主に日本統治時代に建設されたモダン建築や、和風工法による住宅のことを指す。もちろん、大戦終末期には日本本土同様に台湾にも空襲があり、そのなかでも昭和20年5月の台北大空襲は、台湾総督府をはじめとする多くのランドマークを焼失させた。
その後の戦後復興において、上記の国民政府による輸出経済へのかじきりによって中産階級を増やし日本とは違うルートだったが工業、経済において世界的地位を持つに至った。
都市景観においては、部分的に残された「日式」建築は、戦前の景気の良い時代の象徴であり、また台湾の近代国家化の象徴でもあるものとされ、半文化財的に高く評価されている。それらの文化資源である「日式」を現代化するリノベーションが都市を活性化しているのだ。
文化財的建築の活用
視察で印象的だった建築再生を二つほど紹介しよう。
一つは台北刑務所官舎跡を改修修復した商業施設
部材の再利用や、配置計画の継承、経緯の啓蒙などの記録を配置しつつ、当時の台湾にとって工学、工法として新しかった「日式建築」を活用してブランディングしつつ、それらの保存的建築物の上にさらにファッショナブルな現代的リノベーションを重ね合わせている。
こちらのリノベーションの特徴は、元の官舎の躯体、外壁を大部分残すことで、景観的な連続性を持ちつつ、それらの老朽化にたいしてオリジナルに近い修復と必要な構造補強を行い、またガラスを多用した増築部による、歴史的なものと新しいものの区別された改修、現代の生活に合わせた設備の改修という、歴史的リノベーションにおいて踏まえるべき工法を丁寧に行っているところだ。
元の「日式」の官舎自体もおそらくかつての日本において一般的に存在していたであろう、木造平屋、瓦葺で下見板張りのものであり、単なる「空き家」「古家」としてほとんどが壊されてしまったものだと思われる。しかしながら往時にはこのタイプこそが庶民の暮らしの姿であった。
台湾においては、国家レベルでは「占領」ではあったろうが、生活レベルにおいてはそれ以前の自生的な「小屋」から「建築」へのバージョンアップであり、戦後の日本とアメリカの関係に近い文化の「輸入」であったろうと想像される。
その歴史によって、現在も「日式」住宅に対して台湾の市民のイメージはポジティブなものとなっているのだ。
もうひとつ、こちらは台南において1932年建設の百貨店をリノベーションしたデパート、林百貨店。
長く閉鎖されていたが、2010年1月より修復作業が行われ、2013年1月に完成した。
設計者は石川県出身の建築家・梅澤捨次郎。
修復費用の約70%に相当する約123万ニュー台湾ドルは台南市政府文化局の補助金から拠出されているとのことだ。
市街地のメインの角地にあるランドマークであり、1930年代という台湾が近代化していく時代を象徴する建築としてその時代を記憶する文化財として1998年に文化財として指定された。
こちらのリノベーションにおいては、景観的なオリジナルを蘇らせる修復的リノベーションによるブランディング、そしてその歴史性を支えるリーシング、という二つが事業の両輪となって、立地とあいまって多くの人を集めた。
このほか、台北に残るいくつかのギャラリーが「日式」住宅をリノベーションし、庭と室内を整えて豊かな時代のイメージを残していたことが印象的であった。
保存と継承を事業の成功につなげる思考とは
これらのリノベーションにおいて、印象に残ったのは固定的な「保存」ではなく歴史を生かしながら継承する「リビングヘリテージ」の考え方によるものであること、そしてそれが事業としても成功を収めていることだ。
残されているものに備わっているプラスの歴史的価値を、最大限に生かす現代化、およびその立地を生かす事業計画などがかけ合わさることで、新築以上の事業性を生みつつ、また歴史や物語に関する人々の関心をブランドとして再構築することにおいて、これら台湾の事例は日本でも数多くないバランスの取れたプロデュースが行われていると感じた。
それは、歴史を忘却せずきちんと向き合いつつ現代を生きる、生きざるを得なかった台湾の人々の根にある態度であると感じつつ、日本のわれわれにも学ぶべきところが多くあると感じたのだった。
執筆:
(しんぼり まなぶ)