今回は、隣地との境界確定不調に伴う境界確定訴訟を起こした事例について紹介させて頂きます。
■隣地との境界確定が不調になった経緯
隣地との境界確定が不調になった不動産は、前面道路が公道で後ろ側が私道(42条2項道路)になっています。私道持分は持っておらず、私がこの対象不動産を購入した時には私道を通行するための通行承諾ももらっていませんでした。
この物件を購入した時は、隣地との境界確定なしの「公簿売買」を用いました。境界確定をしなかった分、安く購入することはできました。
この土地にはもともと鉄骨3階建ての二世帯住宅の建物が建っていました。私はその二世帯住宅を壊して、収益物件を新築し、今も貸しているという状況です。
今回、境界確定訴訟を起こすことになった隣地の住人は、私が対象不動産の場所に収益物件を建てる時にも色々と難癖を付けてきた人でした。
境界確定をしなくても収益物件を建てることができましたし、今も問題なく稼働していますが、将来的に売却などの処分を考えた時に、やはり境界確定をしておいた方が良いと考え、知り合いの土地家屋調査士に依頼して、確定測量の手続きをすることにしました。
■境界確定が難航
対象不動産の確定測量をするためには、5人の隣地者と境界確定をする必要がありました。
5人の隣地者はそれぞれ、左隣(Aさん)、右隣(Bさん)、裏側の私道を挟んで左斜め(Cさん)、裏側の私道を挟んで真正面(Dさん)、裏側の私道を挟んで右隣(Eさん)です。
当初、私は境界確定についてやや甘く考えていました。というのも、私がこの対象不動産を購入した時に既に隣地との境界を示す杭や鋲があったのです。5人の隣地者もそれを見れば境界確認書にすぐに署名捺印をしてくれると楽観視していました。
実際に、隣地者のAさん、Bさん、Dさん、Eさんは少し時間が掛りましたが、境界を示す既存の杭や鋲を改めて確認のうえ、土地家屋調査士が作成した境界確認書に署名捺印をして下さいました。
しかし、隣地者のCさんだけは違いました。
Cさんが境界確認書に署名捺印しなかった理由ですが、実は私の対象不動産が建物を新築した時に、建ぺい率の緩和を受けるために、私道側に面している敷地の一部を道路提供していました。
そして、その事実を示すために、行政から提供されるセットバック杭(通称後退杭)も、隣地との境界を示す石杭とは別に敷地に埋めていました。
Cさんが主張してきたのは、自分の土地との境界は、「既存の石杭」ではなく「セットバック杭」である、ということでした。つまり、私が敷地の一部を道路提供した部分を自分の土地だと主張し、それを認めないのであれば、境界確認書には署名捺印できないと言ったのです。
私と土地家屋調査士の二人は、「Cさんの主張は無茶苦茶だな」と思いました。実際に、Cさん以外の隣地者はセットバック杭のことを理解していて、あの新しい杭は私が対象不動産の敷地の一部を道路提供していることを示す杭であるということを分かっていました。
その後も半年間ほど、私や土地家屋調査士がCさんのもとを訪れて、セットバック杭ではなく既存の石杭が私の対象不動産とCさんの土地との境界を示すものであることを説明しても、セットバック杭が境界を示すものとしない限り、境界確認書に署名捺印はできないと頑なでした。
さらには、「既存の石杭が境界を示すものというののなら、役所の人間を連れてこい!」などとわけの分からないことを言って恫喝してくる始末です。私と土地家屋調査士は、これ以上Cさんと交渉するのは時間の無駄だと考えるようになりました。
とはいえ、このままでは境界確定が完了しません。せっかくCさん以外の隣地者と境界確定ができたのに、それも無駄になってしまいます。そこで私は、顧問弁護士に本件について相談をすることにしました。
■境界確定訴訟と筆界特定制度
事情を理解した顧問弁護士から、こう聞かれました。
「Cさんとの境界確定をする件ですが、『境界確定訴訟』と『筆界特定制度』のどちらにしますか?」
補足すると、境界確定訴訟と筆界特定制度の違いは以下のようなものです。
まず、「土地の境界がはっきりしない」、「隣地所有者がこちらの主張に同意しないので白黒つけたい」ときに使える制度として、「境界確定訴訟」と「筆界特定制度」があります。
そして、境界確定訴訟についてですが、「訴訟」と名が付いていることからもお分かりのとおり、こちらは裁判で決着をつけるものになります。取り扱っているところはもちろん裁判所です。
そして、「確定」という文字が使われているとおり、境界が確定する、つまり、「確実に定まる」ということになります。曖昧な結論には到達しません。仮に、裁判の中で決定的な証拠が発見されず、境界の位置について判断しようがなかったとしても、裁判所が境界を決めることになります。
裁判所は、当事者の主張に拘束されず、独自に境界を確定させることができます。そのため、訴えを起こした者にとって不利な境界になることもありえます。
旗色が悪いと感じたときには、相手方と和解して妥当な線に落ち着かせたくなるかもしれません。しかし、境界確定訴訟において、裁判上の和解で事件を終了させることはできません。
確定させようとしている境界はあくまで「筆界(公法上の境界)」ですから、当事者間の合意で決めることはできないのです。そのため、和解できるのはあくまで所有権界のみとなり、訴えを所有権確認訴訟に変更して和解をするか、訴訟を取り下げて和解する、といった形になります。
そして、こちらは裁判であるため、判決が出るまでには数年掛かることもあります。費用も土地の鑑定費用、裁判官・書記官の実地検証費用、弁護士費用など、大きな負担となります。土地所有者にとっては、必ずしも使い勝手の良い制度とはいえないでしょう。
さらにいえば、最終的な判断を下すのが、必ずしも土地の境界について専門的知識を有しているわけではない裁判官である点も、問題の一つといえます。このように、このやり方については様々な懸念事項が指摘されていました。
■新制度「筆界特定制度」の特徴
そこで、新たな制度として平成18年に新たにもう一つの「筆界特定制度」が登場しました。上記のとおり、境界確定訴訟は数々の課題を抱えていたので、それに代わる制度が求められたわけです。
筆界特定の事務を取り扱うのは裁判所ではなく法務局です。もともと筆界は行政の作用によって形成されるものですから、境界問題を判断する者としては裁判所よりも妥当性が高いといえるでしょう。
筆界特定制度は、境界確定訴訟が抱えていた問題をクリアする設計となっています。
まず、申請から特定されるまでの期間は、地域によって差はありますが、だいたい6ヶ月~9ヶ月が標準とされています。長くなることもありますが、ほとんどが1年以内に特定されています。
また、費用も(土地の広さや評価額によって変動するものの)、申請手数料と測量費用を合計しても100万円以下となることが一般的で、弁護士に依頼して境界確定訴訟を起こすよりも少なく済むことが多いです。
そして、最終的な判断を下すのは、図面を読み解くことができ、現地の構造物について専門的な知見を持っている筆界特定登記官になります。さらに、土地家屋調査士などで構成される筆界調査委員による意見を踏まえた上で結論を出すことになっていますので、より信頼できるといえます。
■なぜ私は筆界特定ではなく境界確定訴訟を選んだのか?
ただし、筆界特定にもデメリットはあります。
筆界特定は、「確定」ではなく「特定」です。つまり、筆界特定は、あくまで本来そこにあった筆界を明らかにするだけということになります。
行政処分ではなく、筆界を形成する力を持ちません。したがって、仮に筆界特定をしたとしても、その後に隣地者に境界確定訴訟が提起されて、別の位置に筆界(境界)が決まるということもありえるのです。
(ただし、筆界特定がされた後に境界確定訴訟が提起された場合、筆界特定の結果が考慮されるので、異なる結果になることはかなり少ないとのことです)。
また、調査を尽くしても、筆界の位置を特定できないという場合、筆界の位置の「範囲」が特定されるに留まります。境界確定訴訟のように、必ず筆界が決まるわけではないという点は、筆界特定のもう一つのデメリットといえます。
このようなメリットとデメリットを知った上で、私は筆界特定ではなく境界確定訴訟という道を選びました。長くなったので、Cさんとの境界確定訴訟の続きと最終的な結果は次回のコラムで紹介させていただきます。