今回は、一連のまとめとして、六本木の中古区分マンションの事業経年変化を、前回作成したバランスシート・シミュレーターにかけてみましょう。
今まで30年間日本はデフレ社会でしたが、昨年くらいから潮目が変わり、インフレ社会に突入しました。
そこで、デフレとインフレの各環境下で、不動産経営のバランスシートがどのように変わってゆくのか、シミュレーションしてみたいと思います。
これはあくまで、購入前検討時のラフなツールなので、正式には専門家が作成したものを使ってください(私のエクセルには思わぬ間違いや勘違いがあるかもしれません)。
■デフレ環境下では事業成長は非常に難しく、守りの経営
衆知のとおり、デフレ環境下では、全てのモノの価格が値下がりしますので、物件価格も例外ではございません。
今回の六本木物件の場合、投資家Aさんは市場価格の約半額程度で購入できていますので、即、売りに出せば2倍で売れるということなので、バランスシートには含み益が入っています。
この含み益が、市場物件価格(時価)の低下により、10%/年の割合で下落するものと仮定します。
一方、お家賃は過去の経験から、デフレでも殆ど低下しないことが分かっていますので、前回と同じパラメーターで、毎年のPLからの収益は簡略化のため、横ばい(65万円/年)とします。
この前提で5年分のバランスシートをシミュレーションしたのが図1です。
濃いピンクの物件時価(固定資産)は、毎年減ってゆきます。
一方、バランスシート全体の大きさを見ると、利益余剰金(流動資産)を毎年内部留保して積み上げているので、資産全体としては辛うじて横ばいです。
もう少し物件下落率が大きいか、家賃が横ばいではなく、毎年下がるか、運営経費が多く掛かってくると、毎年のバランスシートは年ごとに小さく縮小していってしまいます。
たまたまこのケースでは、バランスシートの縮小を免れているだけであり、非常に微妙な釣り合いによって事業を維持できているのが分かります。
このモデルは現金買いで融資を使っていませんので、バランスシートを拡大できるか否かは、物件時価が下落するデフレ下では毎年の収益(運営経費を上回る家賃手残り)が、市場価格下落分以上に大きいことが必須であることが分かります。
下賤な漫画にすると図2が直観的に分かり易いですね。
次に事業効率と出資者(株主=この場合、大家自身が使える分の家賃)への還元を図3で見てみましょう。
初年度は
・PER=31、PBR=1、DOE=1.6%でスタートします。
デフレのため、ここから毎年、物件時価が下落してゆくと仮定します。
下落率は、シミュレーションを簡単にするため、含み益分の10%が毎年下がるとします。
お家賃は、デフレとは言えども、30年間横ばいでしたので、毎年のPLでの収益は一定と仮定します。
・5年後は、PER=26、PBR=0.8、DOE=1.6%になっています。
・PER:家賃(利益)は同じで、物件時価が下がったので、PER=31⇒26に低下します。
・PBR:物件時価が下がり、純資産は毎年家賃(利益)分がBSへ積みあがる一方、物件時価が下がるので、内部留保だけが増えた分、PBR=1⇒0.8に低下します。
・DOE:稼ぎが変わらず、配当性向も据え置きなのでDOEは変わりません。
このようにデフレ下では時価がどんどんと低下するのでPERは下がり、毎年一定の利益で、配当性向を増やさないで内部留保し続けると、PBRは1を割ってきます。
これを眺めて、改めて気づくのは、この30年間の日本上場企業の典型的な数値です。
■インフレ環境下で事業が成長した分、適正な配当を出せる経営者は優秀
次にインフレ下での事業をシミュレーションしてみましょう。
毎年、物件時価がインフレで値上がりしますので、含み益が2%ずつ増加すると仮定します。
つまり、物件時価が毎年インフレで上昇し続ける想定です。
この前提で5年分のバランスシートをシミュレーションしたのが図4です。
濃いピンクの物件時価が上がることで、濃い青の株主資本の純資産(含み益)が毎年増えて行くので、事業規模(=バランスシート)が右肩上がりに拡大してゆきます。
これも下賤な漫画にすると図5が直観的に分かり易いですね。
次に事業効率と出資者(株主=この場合、大家自身が使える分の家賃)への還元を図6で見てみましょう。
毎年、含み益が2%ずつ増加と仮定します。
・PER=31、PBR=1、DOE=1.6%でスタートします。
・5年後、PER=32、PBR=0.9、DOE=1.4%になっています。
・PER:物件時価が上がり、家賃(利益)は同じなので、PER=31⇒32に上昇します。
・PBR:物件時価が上がり、純資産は毎年家賃(利益)分増えるので、PBR=1⇒0.9に低下します。
・DOE:株主資本が(含み益が増加することで)増えたので分母が大きくなります。一方、分子の利益は同じで変わらないため、DOEは1.6%⇒1.4%に低下します。
株主と経営者が同じ大家業であれば、自分の都合で配当性向を据え置きにもできますが、毎期のPLでの利益は一定でも、内部留保でBSが拡大している分、上場企業でしたら、株主から内部留保せずに、配当性向を上げるように要求が来ることでしょう。
インフレ環境で、物件時価が自動的に増えて、バランスシートも順調に拡大しますが、DOEは減少してしまいます。その理由は、含み資産が増大した分を、増配せず、内部留しているからです。
これを見ると、DOEを増やして行くのがが、経営者にとって如何に大変かがわかります。
株主とオーナーと経営者が同じである大家業は、配当性向やDOEを自分一人で決めても、誰も文句を言いませんが、上場企業であれば、毎年BS、PLの両方を成長させねばならず、非常に効率的な経営が要求されます。
■資本主義とはバランスシートを大きくするゲーム?
図2、図5の簡単な漫画の例でいえば、資本金を鶏のキャッシュマシンへ投入すると、その内部での事業運用で、鶏自身が育って大きくなることで資産が成長し、ご褒美として、毎年卵という配当を産んでくれる、と言えます。
入門者の方で、FIREを目指す場合は、毎年、鶏が太る事業環境を作り、鶏のキャッシュマシン・貯金箱から毎年生み出される卵を、生活の為に消費して行かねばばなりません。
これが配当性向でありDOEですから、経営者と株主の両方の立場から良く考えて、鶏がやせ細らない最適な値を決めるわけです(卵を産む鶏自体を食ってしまってはオシマイです!)。
シミュレーションの簡略化のため、融資や売却は行っていませんが、基本は同じです。方針や物件に合わせて、融資や売却を含めたシミュレーターを作成すればOKでしょう。
その場合、パラメーターは本稿の例とは比較にならないほど増えますので、かなり複雑になるはずです。
本稿は入門者向けの現金購入に限定して書きましたので、バランスシートは簡易化されています。
鶏と卵の関係をイメージして頂き、読者に最適なシミュレーターを製作頂き、物件運営検討に活用させて頂ければ幸いです。
■大家業経営と同じ目線で株式投資を見る
今回までの一連の記事ではROE、配当性向、DOE等の株式投資の評価パラメーターを不動産物件運営に当てはめてみました。
今年に入って日経平均は平成バブル期を抜いて4万円に迫っています。
世界的にインフレが定着し、私たちの生活もその傾向があります。
こういった潮流を見ると、大家さんも資産ポートフォリオのリスク分散の一手段として、物件を保有運営するのと同時に、株式を保有するのも有効と思います。
短期で売り買いし差益で儲けるというよりも、業績の良い企業の株を長期で増配(若い大家さんは企業の成長)を享受しながら保有する、という方法が大家さんの事業経営マインドにも近く、向いているように思います。
増配株は、修繕や空室が無く、配当が毎年増加し続けます。
決算発表の度に、この図1、図4のようなバランスシートの変化とその中身を精査して、物件同様に企業オーナーになったつもりで長期保有してみはいかがでしょうか?
この会社の株主の立場で経営者を評価すると同時に、一方では、その会社・経営者と比べてご自身の物件運営は果たして適切なのか?常に自身の事業を見る物差しと同じで、企業を研究しつつ、自問自答できると思います。
インフレ社会に突入する今後、皆様の不動産経営、株式投資ともに順調にご成功なさることをお祈り申し上げます。