安さ、使い方の可能性から購入を考えてもなかなか手を出しにくいのが築古の小規模ビル。耐震補強をするとなると費用がかかるのではないか、ブレースを入れると使いにくくなるのではないかなどと考えるからだが、実は近年多様な方法が使われるようになっており、費用的にもそれほどかからずにできるケースもあるとか。耐震補強のプロ、株式会社キーマンのお二人に聞いた。
ブレースを入れるだけが耐震補強ではない
耐震補強は小中学校から始まった。見た目、眺望を気にしなくて良い建物だから、窓に視界を遮るように大きなブレースが入っていても当然、安全が最優先された。その印象が強かったせいか、以降民間で耐震補強を行うようになった時にも多くの人がブレース=耐震補強と考えるようになり、それは今も続いているとキーマンの代表取締役・片山寿夫氏。
「今はブレースを入れる以外にもさまざまなやり方があるにも関わらず、いまだに耐震強度を計算して弱いところに耐震壁、ブレースを入れておけば良いと考える設計者が少なくありません。
一般の方も耐震補強と聞くと高いものと条件反射的に考えがちですが、やり方がいろいろあり、それによってコストも、補修後の建物の状況も異なります。必ずしも高額をかけなくても問題ない状況に持っていけることもあるのです」。
施工に難、アスベスト問題も考え、S造は避けよう
そのためにまず、知っておきたいのは築古小規模ビルのうち、鉄骨造(S造)はできるだけ避けたほうが良いという点。
「鉄骨造は柱と梁で成り立つシンプルな構造で、補強自体は安価でできます。ところが、それ以前に問題が多く、投資に向かないのではないかと考えています」と同社設計部主任の西坂達哉氏。
問題のひとつは旧耐震の鉄骨造では溶接がきちんとされていないものが大半であるという点。西坂氏が関わった鉄骨造はほぼ全て溶接に不具合があったそうで、昔は検査もなく、そのような施工でも許されていたということらしい。
もうひとつはアスベストが使われていることが多いという点。仕上げはもちろん、アスベストまで撤去して廃棄となるとそれだけでも費用が嵩むことになる。それなら元々の価格が多少高くても、より長期に運用できる可能性があるRC造(鉄筋コンクリート造)、SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)が良いという。
RC造では窓や壁の量などのバランスを見る
耐震性とはある意味、バランスである。ちょっと脱線するが、補強しなくても瓦屋根の住宅の瓦を撤去、建物全体を軽くすれば耐震性は高くなると考えればご理解いただけよう。
ビルの場合も同様にまずはバランスがポイント。たとえば10階建てくらいのビルの場合には途中までがSRC造で、それ以上の階がRC造という場合がよくあるが、そうなると境目で建物が揺れた時の揺れ方が異なることになり、弱くなる。
「それよりは市場にも多い4~5階のほうが費用を掛けずに改修できます。この高さまでなら交換、維持管理に費用がかかるエレベーターがないことも多く、費用対効果がより高い可能性もあります」と西坂氏。
素人でも分かりやすいバランスとしては壁、窓の量がある。通りに面した建物の場合、その面に窓が多く、それ以外は壁が多いことが多いが、そうなると窓の多い通り側が弱くなり、」それを補うために補強が必要になる。これが角地立地になると2面に窓が多くなるため、その2面を補強することになる。
形状からもバランスは分かる。雁行型や凸凹のある個性的な形状の建物よりも四角い、ごく普通の建物のほうがバランスは良く、補強が少なくて済む可能性がある。
購入前にプロに相談
バランスの悪さに加え、プロが見る場合には補強のしやすさもポイントになる。たとえば柱を補強する際には柱の周りに鉄筋を巻くことになるが、その巻きやすさで費用は変わってくる。
「最近施工した神保町のビルでは2面に窓が多く、その面の柱は建物内にありました。なので、その柱に鉄筋を巻いてコンクリートを補強するだけで済みましたが、これが外壁と一体になっていると面倒です。
室内部は良いのですが、室外部が隣地と接していたり、道路に面していたりすると補強した鉄筋コンクリートの外部側が敷地外にはみ出すことになり、その場合には補強工事ができません。そうすると、一部が強く、一部が弱いままになってしまうので、それを補うために他の場所を補強せねばならず、工事が増えて費用が嵩む結果に繋がります」と片山氏。
そんな場合、壁に耐震スリットを入れて剛性バランスを改善。補強量を減らすという手もある。柱と壁を切り離すと建物としては弱くなるはずで、実際、耐力は少なくなるがバランスが良くなって耐震性能は高まる。
「図面を見ればバランスや補修の仕方などがおおよそ分かります。最近は1回現場を見に来て欲しいという案件が多いのですが、現場、図面を見れば簡易にですが、おおよそどのくらい耐震補強にかかるかは出せます。旧耐震のRC造は安く買えますが、買った後に耐震補強に1億円かかるか、1000万円で済むかは大きな違い。購入前に確認しておく必要があります」と片山氏。
その際、補強の目安としているのはIs値0.6以上。耐震性能を満たしていると判断される数値である。というのは、売却時に売りやすくなるため。
「売却するつもりがないのであれば別ですが、いずれ売るつもりがあるなら旧耐震のままにしておくのではなく、売りやすい数値にまで上げておくことをお勧めしています。おおよその費用としては柱の補強で1本100万円、ブレースを1カ所入れるので200~300万円。規模によって異なるので目安程度ですが」。
建物を軽くすると耐震性能は上がる
補強ではもうひとつ、重量の軽減という手がある。
「たとえば古いエレベーターだと屋上に機械室があるタイプがありますが、これを入れ替えてマシンルームのないタイプにすると軽くなります。ただし、エレベーター交換は高くつくので、交換する場合とそのまま使って補強する場合、どちらが安価になるかは精査すべきです」と西坂氏。
また、そもそもエレベーターを撤去、その空間を他に使うという手もある。
「エレベーターは交換時はもちろん、維持管理費も高くつきますし、空間が狭くなってしまう。それを考えると使い方、考え方にもよりますが、撤去して他の用途にその空間を使うというやり方もあります」。
エレベーターの機械室のほか、高架水槽など屋上にあるものについては撤去できないか、考えてみたい。また、重量の軽減では階段室のコンクリートの手すりや室内の雑壁を撤去する手もある。
「昔の建物では時に耐力としては考慮されていない、不要な壁があります。そうした壁を撤去すると耐震性能が上がりますし、部屋も広くなります。新耐震になってからもしばらくは雑壁のある建物が作られているようで、そのあたりもプロが見れば分かります」。
地下室のある物件は耐震性能が高いと評価される
地下室があるとIs値計算には有利に働く。ただし、地下駐車場のように壁がない面がある場合には逆にその部分が弱いとされ、補強が必要になる。
「完全に地下室となっていて四方に壁がある場合には、地面と地下室と上屋が一体となっって揺れるため、上屋の揺れが軽減されるという考え方です。ところが、駐車場になっている場合は3面には壁があるのに、車が出入りする面は壁がなく、バランスが悪い。そうなるとその弱い部分を無くすべく補強が必要となるわけです」。
多様な提案ができる会社と組もう
最後にブレースを入れる代わりになるやり方について聞いた。どの建物でも使えるというわけではないが、耐震補強のやり方の多様化ということで参考にしていただきたい。
ひとつは外に柱、梁を増打ちするというもの。
「共同住宅でブレースを入れて耐震補強をするという決定をしたものの、住民からの反対が出ていた物件がありました。なぜ、うちの窓にだけ×が入る、嫌だという反対です。そこで外側から柱、梁を太くするやり方で工事、補強をしました。それによって当初の工事費6億円が1憶5000万円くらいで済みました」。
あるいは耐震性能を現す数値は上がらないが、安価に補強ができるという工法もある。
「包帯状のポリエステル繊維製のシート材で柱を巻くというやり方で柱を補強します。RC造では中の鉄筋が大事でそれをコンクリートのかぶりで守っています。ところが地震で揺れが発生、柱が動くとコンクリートにひびが入るなどして剥落。そうなると鉄筋がグニャグニャになってしまって崩壊に繋がります。
そこでコンクリートが剥落しないように靭性のあるシート材を巻いておくと変形しても元に戻るという仕組みです。実験では震度7クラスの揺れを数回与えても壊れませんでした。ピロティのある建物には有効でしょう」。
このSRF工法を導入することでブレースを入れて補強する場合には3億円ほどだった補強費を2000万円ほどに下げることができた例もある。ピロティ形式の建物の場合、1階のピロティ部分には耐震壁がないが、2階以上にはあるため、1階だけ補強すれば済むのだ。
「このやり方なら数㎜から数㎝、柱が太くなる程度で工事前、工事後にはさほどの違いが出ないという点もポイントです。耐震強度が足りない、でも、Is値を上げる工事をするまでの予算がないが、何もしないわけにはいかないという時には使える手です」。
耐震補強は高額で選択肢がないと思われがちだが、技術は進歩している。また、首都圏はもちろん、関西その他の都市圏でも中心部には意外に古いRC造の小規模ビルが残されている。こうした建物をうまく活用できれば新しい収益の道も開けるのではなかろうか。