災害が相次いでいる。ことに最近、気になるのが水害。2020年から不動産取引の重要事項説明時に水害ハザードマップの説明が義務づけられたが、危険があることだけは分かっても打つ手がないというのがこれまでだった。
だが、2021年7月、一般社団法人住宅生産団体連合会(以下住団連)の住宅性能向上委員会が「住宅における浸水対策の設計の手引き」をまとめて公表した。
浸水の深さによって住宅が受ける被害は異なり、対策も異なることを住宅のプロが設計の指針としてまとめたものは本邦初。自宅として住宅を建てる場合の、その住宅を設計する人に向けての手引きではあるが、賃貸住宅にも共通する部分は多く、参考になる。
浸水被害には法令上の指針がない
自然災害にはさまざまな種類があるが、そのうち、地震や雪については建築基準法、品確法などで対策が考えられている。ところが、水害、浸水被害について定めたものは今のところ存在しない。今後、国が問題を整理、検討されていくだろうが、それまでにはまだ時間がかかりそうである。
であるとしたら、民間が先行してまとめ上げる必要があると判断。国土交通省にも相談しながら作成されたのが今回の「住宅における浸水対策の設計の手引き」(以下手引き)である。
手引きは第1章の目的に始まり、第6章の設計例に至るまで懇切丁寧に解説をした130ページもの大部で住宅の設計者を対象として想定しているため、専門的な内容も含まれるが、大半は平易で分かりやすい。浸水に備えたい物件にしたいと考えるのであれば、一読をお勧めしたい。ここではそのうちでも特に知っておいていただきたい部分をご紹介しよう。
床下か、床上かで復旧工事費用には大きな差
まず、大事なことは浸水深(浸水の深さ)によって被害の様相は全く異なるという点。
手引きでは住宅がどこまで浸水するかを目安に浸水想定区分を床下浸水、床上浸水に分け、さらに床上浸水をGL+1.5m(GLとは地盤面の高さ。グラウンド・レベルあるいはグラウンド・ライン)、1階天井下まで浸水、1階天井下から2階床上まで、2階床上越えの4種類、合計では5種類に分けてある。
その区分に従い、どのような被害が出るのか、それを復旧するためにかかる工事費用が新築工事費用に対してどのくらいになるのかが各区分ごとに説明されているのだが、床下浸水であれば復旧工事費は新築工事費用に対して1%程度。
ところが、GL+1.5mまでの床上浸水になると復旧工事費用の割合は30〜50%と一気に高額になる。当然、深くなればなるほど復旧工事費用の割合は高くなり、2階床上越えともなると復旧より建替えを検討する必要も出て来るほど。
被災後の復旧までを考えると床上以上に浸水する可能性がある立地では事業として考える場合には慎重な上にも慎重な検討が必要と思われる。
床下浸水には高基礎で対策を
では、以下、同区分の浸水深ごとに考えられる対策を見て行こう。まずは床下浸水。自治体によって差はあるものの、たいていの水害ハザードマップは一番浅い浸水深を50p未満としていることが多く、同区分も50p以下、40pくらいまでを想定している。
ここでポイントになるのは基礎の高さ。基礎はコンクリートで一体成型されているため、浸水深が基礎の天端以下であれば浸水経路は玄関ドア、基礎貫通配管部等に限定されるため、浸水対策が比較的講じやすいのだ。

建築基準法では基礎の高さは30p以上と定められており、実際には40p程度で作られていることが多い。それをもう少し上げて50p以上にしておけば上記の浸水経路から床下までは浸水したとしても、それ以上には被害が拡大しなくて済むかもしれないのである。
基礎を高くするという以外では敷地全体に盛土をして嵩上げするというやり方もあるが、擁壁あるいは地盤改良が必要になるなどで費用が嵩むため、高基礎が現実的だと住団連で手引きをまとめた勉強会座長の積水ハウス商品開発部の高岸毅氏。基礎の高さなら新築時に限らず、中古物件を見る際にも確認できるはずである。

被害としては床下、玄関土間への汚泥の流入、給湯器、エアコン室外機等の屋外設置設備の浸水と、それによる不具合、配管への汚泥の逆流による、詰まりなどが想定される。基礎の高さ以外では基礎換気口やコンクリートの打ち継ぎ部分、玄関ドアなどの止水対策に加え、エアコン室外機などの屋外設置設備を浸水しない高さに設置することなどが想定される。
また、建設予定地あるいは購入したい物件が立地する土地が周囲から高台になっているなどで土地自体が高くなっていれば、それだけでもだいぶ安心できるはずだ。
GL+1.5mまでなら高基礎も対策となりうる
次の区分は床上浸水。GL+1.5mまでの浸水の場合、被害としては床下浸水時のものに加え、浸水した内外装への浸水、汚れなどが加わり、さらにキッチン、風呂、トイレその他の屋内設備機器に浸水、不具合が出ることが想定される。復旧工事費用の割合は30〜50%と床下浸水に比べるとかなり高額に及ぶことになる。
床下浸水でも1階天井下までの浸水となると復旧工事の範囲がさらに一段広がり、復旧工事費の割合は40〜70%程度になる。
この2つの区分までの浸水の場合、1階が浸水するのはやむなしとし、浸水で影響を受ける設備機器類を2階以上に配する、生活の場を2階以上にする、1階はピロティにするなどの手が考えられる。賃貸住宅であれば1階を駐車場にするなどの手だろうか。被害を防ぐというよりも、被災後も使えるように考えるのが現実的というわけである。また、GL+1.5mまでであれば高基礎も有効な場合があるそうだ。
1階の天井以上の浸水は復旧に多額の費用
それ以上に浸水する可能性がある場合には命を守る行動が最優先される。本来は家に留まるよりも住宅外への避難が大事だが、場合によっては住宅内での避難も考慮するというところ。復旧工事費用も最大で80%が想定、場合によっては建替えよりも新築を検討するほどの額に及ぶ可能性もある。
具体的には2階以上に救助可能なバルコニーや屋根への出入り口を設ける、3階以上にして3階に生活に必要な部分を設けておくなどが想定されるが、賃貸住宅を作るということでいえばこうしたエリアはそもそも避けたほうが良いように思われる。2階まで水が来るということであれば、住んでいる人たちも危険だからである。
もし、すでにそうした立地に物件がある場合は仕方ないにしても、これから検討するという段階であればよくよく検討した上で判断していただきたいところである。
また、ここまで上げてきた復旧工事費用の割合、数字などは絶対にこの額が必要というものではなく、逆に絶対にこの額で収まるというものでもない。過去の被災情報を元に整理したものであり、ひとつの目安と思って捉えていただきたい。
地下階建設は慎重に

もうひとつ、避けたほうが良いものがある。地下階である。手引きでは最初から地下階を対象としておらず、「住宅設計の範囲では有効な対策がないことから、地下階は含まない」としている。水が低きに流れることを考えると浸水が想定される地域で地下階を作るのは危険な行為。周囲から低くなっているような場所なども含め、地下階設置には慎重に臨むべきだろう。
同様に家屋倒壊等氾濫想定区域(氾濫流)、家屋倒壊等氾濫想定区域(河岸侵食)は対象となっておらず、津波、土砂災害、外力により建物を倒壊させる恐れのある水害は対象外とされている。最近は水害がクローズアップされていることから、水害にのみ注意が行くが、災害は他にもある。他の災害のハザードマップにも目を配りたいところである。

それについては手引きがハザードマップの読み方を非常に詳しく、具体的に説明をしている。他の地図と違い、ハザードマップは想定した条件下での将来を予測した地図で、絶対に書かれていた通りになるというものではない。そのため、ひとつの情報だけでなく、複数の情報を重ねて考える必要がある。手引きではそのやり方が解説されているので、ぜひ、読んでみていただきたい。
本格的な浸水対策はこれから
最後にもうひとつ、手引きでは現時点で考えられる対策が書かれているが、その対策を講じたからといっても「完全」に浸水を防ぐものではないことを付け加えておきたい。
手引き41ページの言葉を借りれば、
「一般的に住宅用の玄関ドアや窓は「強風時に雨水を内部に浸入させない性能」は有しているが、「浸水時の外部からの水圧に対して水を遮断する性能」は持ち合わせていないのである。」
住宅は多くの部材から組み立てられており、どれかひとつの性能をあげたら浸水が防げるわけではない。給排水設備、外壁、シーリング、ドアや窓から施工に至るまでの、住宅に関わるすべての産業が一体になって考えていかないと浸水被害は軽減できない。
そのための研究、商品開発がこれからが本格的なスタート。対策を絶対と思いこまず、建てる前には立地情報、建てた後は気象情報に目を配り、安全を守る努力をしたいところである。また、今回の手引きがきっかけになって業界の浸水対策が進んでいくことを期待したい。
*記事中の掲載資料・写真等は、手引きを参考にして編集部が選定したものです。
健美家編集部(協力:中川寛子)