2020年にアートホテルとして国際的に有名な白井屋ホテルが誕生して以来、群馬県前橋市が注目を集め続けてきている。白井屋ホテル近隣での新規物件の着工、周囲の改修などに加え、2023年5月には飲食店街として賑わったエリアに複合施設「まえばしガレリア」が誕生。内覧会には地元はもちろん、幅広い地域から多くの人が集まった。
賑わいの中心地に再度賑わいを
前橋市の中心部には中央通り商店街、千代田通り商店街など9つの商店街が集まっており、2023年5月に複合施設「まえばしガレリア」が誕生したのはそのうちの銀座通り二丁目商店街に面した場所。
100年以上前の大正時代から約60年近くに渡って映画館があり、前橋の流行の発信地だった土地だそうで、近年は市が所有、Qの広場として地域に開放されてきた。それが民間に売却されたところから、この計画がスタートした。
現地周辺は飲食店に加えて夜の遊び場が集積しており、かつては非常に賑わった一画。だが、着工前には人通りもなく、寂しい印象があった。だが、内覧会時には開始前の早い時期から地元の人を含め、さまざまな年代、属性と思われる人達が集まり始め、周囲の期待を実感したものである。
ギャラリー、レストラン、住居からなる複合施設
さて、完成したまえばしガレリアは4階建て。中庭を囲んで変形のロの字の一部が欠けたような形状となっており、建物の前、欠けた部分に立つと中がどうなっているのだろうと思わず誘い込まれてしまうような作り。
中庭への入口の両側には7m、8mと圧倒的な高さの吹き抜けのある現代美術のギャラリーが2軒。その奥には6月1日にフランス料理のレストラン「cepages(セパージュ)」がオープンしている。中庭から上部、2~4階の住居には階段(非常階段で、日常的には使用されない)が伸びており、空に向けて伸びあがるような勢いが感じられる建物である。
設計を担当した建築家で京都大学教授の平田晃久氏は「広場を作りたいという、珍しい依頼を受けました。その依頼に対し、拠点となるものをどう作るかを考え、紆余曲折を経て辿り着いたのが1本の樹木のような建築です。大きな樹冠が真ん中にある広場の上に広がり、その下では自由な活動が繰り広げられる、そんな建物を考えました」という。
確かに建物外周のみならず、外壁にも緑が配されており、今後、それが根付いて成長していくにつれ、建物は森のようになっていくのではないかと思われる。
2階から4階の住戸は広場の周りにリング状に浮かぶように、かつ少しずつずらして配されている。周囲には小さなスケールの建物が多く、それらと響き合うようにと住戸が大きく目立たないための配慮だそうだ。
3タイプ、すべて間取りが異なる26戸のラインナップ
気になる住戸だが、ワンルーム、ロフト付き住戸、メゾネットの3タイプがあり、すべて間取りが違う全26戸。共通する特徴は2点。ひとつは住戸の前に広さには違いがあるものの、アウトドアリビングともいえるテラスがあること。そしてもうひとつは1階にギャラリーのある建物らしく、室内に絵を飾れるような壁が作られていること。
最初に見せていただいた3階の部屋はロフト7.92㎡にテラスが13.65㎡、ロフトを含めた専有面積が37.73㎡あり、入居者が使用できる全体の面積は51.38㎡。住戸内に斜めになった大きな壁があるため、部屋全体が奥に向かってすぼまっているように見える変形な部屋で、壁の上部はロフトになっている。
深奥部の左の壁の裏側にはトイレや洗面所、バスなどが配されている。キッチンはその逆、右側の壁際にある。現しの天井、天板だけのキッチンなど設備はいずれも潔いほどシンプルである。ただ、シンプルながらもたっぷりしたサイズの浴槽が用意されていたのが印象的だった。
入口はテラスに面した引き戸となっており、開放的。テラスと共有廊下との間にはポリカーボネイト製の壁があり、ぼんやりとした境界になっている。見えるようで見えない壁があるので、テラスが室内同様に使えるのがポイントだ。
専有面積34.96㎡、テラス21.09㎡というワンルームも同様に斜めの壁で住戸内が仕切られている。ここでどのような絵を飾るかで室内の雰囲気は大きく変わる。センスが試される部屋というわけだ。
専有面積67.46㎡にテラス22.86㎡という広いメゾネットでは上階がリビングで室内と同じくらいの広さのテラスが続くという贅沢な造りが印象的だった。中心市街地でこの開放感は羨ましい。
また、この住戸ではバスタブが窓辺に設置されており、街中を望む入浴が楽しめる。こういう遊び心のある間取りは人気が出そうである。
やや高めの価格も販売は順調
さて、もうひとつ、気になるのは住宅価格。前橋駅前では現在、27階建てのタワーマンションが建設中でこちらの価格は60㎡の2LDKが3000万円台ほど。それに比べると3000万円弱から8700万円という価格は街の中心地とはいえ、やや高め。
それでもゴールデンウィーク中の内覧会時には全体の3分の1ほどを残してすでに売れていた。この街をなんとかしたいという人が購入を決めているそうで、買ったものを若い人たちに貸し、中心部に新しい動きを生み出したいという意図のようだ。
26戸とそれほど数は多くはないが、これだけ個性的な部屋に住もうという人であれば、これまでの居住層とは異なる人達が入ってくるのではという期待もある。首都圏、都心全域から人が集まることもあり得るかもしれない。
2020年時点からするとあちこちに新店を見かけることも増えた前橋。今後、新たに建築家による住宅その他の予定もあり、まだまだ変化は続きそうである。
個人的には前橋に現代美術のギャラリー(しかも5軒、うち4軒はローテーションしながら1つのギャラリーを使う)を誘致するという方法に新味を感じた。若い人の手掛けるまちづくりでは予算がないことなどから比較的誰もが手に取れること、モノを優先しがちだが、それだけでは街の変化は見えにくく、時間がかかる。
前橋では地元も含めて経済界、行政などが協力していることもあり、活動が目に見えるようになるまでに時間がかかったことを抜きにすれば、以降の変化が非常に大きく、誰の目にも見えるようになっている。それがさらに次の変化を呼んでいると考えると、街作りにもいろいろなやり方があることが実感できる。今後も定期的に変化をウォッチしておきたい街のひとつである。
ちなみに内覧会時、前橋に現代美術のマーケットがあるのかという質問があり、それに対し、タカ・イシイギャラリー代表の石井孝之氏はマーケットと場所には関係がないと答えていた。都心にいれば売れるというものではなく、発信さえきちんとできれば場はどこにあってもモノは売れる。これからはそういう時代だということなのだが、不動産を扱う者はどうしても場に縛られる。不動産そのものは時代が変わっても不動ではあるが、使い方は時代に合わせて変わる。その点は意識しておいた方が良いのではないかと思う。