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再開発で人気上昇、タワマンと下町情緒が共存する「武蔵小山」の魅力

都市計画・再開発(地域情報)/東京 ニュース

2024/04/19 配信

東京都品川区と目黒区にまたがる「武蔵小山」。街の中心である東急目黒線武蔵小山駅(品川区小山3)は急行停車駅で都心までのアクセスが抜群に良い。同時に活気あふれる商店街が駅周辺に複数存在し、都心にはない下町らしさも残る。

駅の背後に並び建つ2棟のタワマン(筆者撮影)
駅の背後に並び建つ2棟のタワマン(筆者撮影)

そんなのどかな下町の駅前に41階建てのタワーマンション「パークシティ武蔵小山ザ・タワー」が完成したのが2019年。2021年にはすぐ隣に同じく41階建ての「シティタワー武蔵小山」が誕生。

古き良き下町情緒と近代的なタワーマンションが共存する武蔵小山はここ数年でますます注目を集める人気エリアへの変貌を遂げた。今回は武蔵小山の歴史と魅力に迫る。

武蔵小山発展の歴史は江戸時代にまで遡る。東海道一番目の宿場町である品川宿にほど近い土地として古くから賑わっていた一帯は、1923年、目黒蒲田電鉄「小山駅」の開業により、商業が活発化。同年発生した関東大震災で被害の大きかった浅草や京橋、日本橋といった下町エリアから多くの人が移り住んできたという。

「東洋一のアーケード」として知られる武蔵小山商店街パルム(筆者撮影)
「東洋一のアーケード」として知られる武蔵小山商店街パルム(筆者撮影)

小山駅周辺一帯は東京大空襲の被害を受けたものの、いち早く復興に動き出し、1956年には武蔵小山商店街の初代アーケードが完成。日本を代表する商店街の一つとして、遠方からも多くの買い物客が訪れるほどの注目を集めた。

完成時全長約470メートルだった「東洋一のアーケード」はその後も拡張を続けて、現在は800メートルに250以上の店舗が軒を並べている。

細かい路地の入り組む下町らしい街並みが変わり始めたのは、2006年に武蔵小山駅が地下化された前後からだ。

2000年に目黒駅と蒲田駅を結んでいた目蒲線が目黒線と多摩川線の二路線に分割され、目黒線沿線の武蔵小山駅は東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線と直通運転で都心に直結する街に格上げされた。

2010年から2012年にかけて、東急電鉄が「武蔵小山駅ビル」、「武蔵小山駅前ビル」を相次いで開業。駅前広場がすっきりと整備された上、スーパーや飲食店、医療関係のテナントが多く入居し、住民の利便性も大幅に向上した。

先述の通り、直近5年では「パークシティ武蔵小山ザタワー」(地上41階建て、総戸数628戸)と「シティタワー武蔵小山 」(地上41階建て、総戸数506戸)が相次いで竣工。現在も40階建て級タワマン3棟の計画が進行中で、武蔵小山は「武蔵小杉」に次ぐタワマンの街となりつつある。

商店街の路地から仰ぎ見るタワマン(筆者撮影)
商店街の路地から仰ぎ見るタワマン(筆者撮影)

古くからの住民や子育て世帯が多い反面、都心までのアクセスや買い物のしやすさが若者にも受けて、常に単身者が流入してくるのもこのエリアの特徴だ。都内でも有数の「新陳代謝の良い」街と言えるだろう。

武蔵小山というネームバリューが上がるに連れて地価や物件価格も上昇の一途をたどっているが、電車でわずか3分、距離にして3キロちょっとの目黒駅などの山手線内側と比較するとぐっと割安感があるのも事実。

天然温泉が楽しめる銭湯「清水湯」やケヤキやクスノキの巨木で有名な「都立林試の森公園」など、武蔵小山の魅力は枚挙にいとまがないほどだ。

「都心」と「下町」のいいとこ取り!などとも言われる武蔵小山から、まだまだ目が離せない。

健美家編集部(協力:大崎良子(おおさきりょうこ))

大崎良子

■ 主な経歴

全国紙、大手デベロッパー勤務を経て、不動産ライターに転身。
三代続く不動産投資好き。地方都市の一棟アパートや山林投資を主戦場にしてきた親世代と異なり、都心の区分マンションを中心に投資を続けている。
アメリカを中心に海外不動産にも造詣が深い。

※ 記事の内容は執筆時点での情報を基にしています。投資等のご判断は各個人の責任でお願いします。

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