
車の販売台数が減っているとニュースで伝え続けられているというのに、いまだに建売住宅のほとんどは駐車場付きとして作られている。
時代から遅れていると指摘するのは個性的な賃貸住宅を設計することで知られるビーフンデザインの進藤強氏。その駐車場をうまく活用すれば、面白いことになるという考えでリノベーションしたビル「M-3 BLD.」が錦糸町に完成した。駐車場の活用が何に繋がるのか。見学してきた。
駐車場を日替わり店主経営の飲食店に
M-3 BLD.があるのは東急田園都市線、総武線が乗り入れ、繁華な錦糸町駅から歩いて数分としない場所。敷地10坪ほどに建つ5階建てで、建設された20年前には2階、3階が賃貸住宅、4階、5階(玄関は3階)にオーナーが居住する併用住宅だったもの。その当時から1階は駐車場となっており、住戸は2階以上だった。
その後、オーナーが転居、それに伴い、4〜5階を改装、63uのメゾネットとして賃貸に出していたが、4年前から2階、3階が空くたびに改修を施して民泊を開始した。コロナ禍になる前までは1階をフロントに改装し、建物全体でホテル旅館業運営する予定だった。
ところが、コロナの到来でインバウンドによる宿泊業が見込めなくなってしまった。そこでオーナーと共にもう一度使い方を再考、建物は賃貸へ戻すとして再検討している中で、必要でなくなった1階フロントに代わる案として今回の飲食店案が浮上した。
そこに来て4〜5階も退去。全空になってしまった。だったら、全てを改修して新しい試みにチャレンジしてみようと行われたのが、1階の駐車場部分を店舗にするというもの。しかも、その店舗を運営するのは上階に住む人たち。お店付き住宅なのだ。
進藤氏は4年前から代々木で日替わり店長が切り盛りする飲食店を運営しており、その後、板橋、代々木三丁目と同種の店舗を作り、M-3 BLD.は4軒目。だが、他と違うのはM-3 BLD.では店主たちが上階に住むという点だ。
「M-3 BLD.の物件のオーナーは他の場所で私が設計した、自宅の一部を店舗にできる賃貸住宅も所有しており、M-3 BLD.はそれと通いで店長がやってくる他3施設の中間的な存在。シェアハウスのリビングがお店と考えると分かりやすいでしょう。そして、このやり方がうまく機能すれば、社会問題の解決の糸口に繋がるのではないかと思っています」。
住宅しかない住宅街は不便
その社会課題とは住宅しかない住宅街の不便さ。
「コロナ禍で在宅していて気づいた人も多いだろうと思いますが、住宅しかない住宅街は不便です。わざわざ駅まで買い物に、食事をしに出かけなくてはいけないのです。
その不便さを解決するために使えるのが一戸建てなどに付帯している駐車場です。車に乗る人が減っているにも関わらず、事業者はいまだに戸建てなら駐車場は必須と考えているのか、ほぼ全部に駐車場が付帯されています。
でも、私が住んでいる代々木では8割もの世帯が車を持っていません。せいぜい自転車が置かれている程度で、無駄になっています。
でも、そこで住民がお菓子を焼いたり、お弁当を作ったりして売れば地域の人も助かるし、土地が活かせる。住民も趣味を生かして収入を得ることができ、それがきっかけになって地域に多様なビジネスが生まれてくるかもしれない。駐車場を活用すれば一石二鳥どころか、何鳥にもなるはずです」。
低層住宅を中心とする用途地域の場合でも基本的には専有面積の半分までは住居以外の目的で使うことは可能である。
ただし、車庫の付帯に容積の緩和を受けている場合には使えないこともあるので、全ての場所で駐車場が活用できるわけではないが、使えるものなら使ったほうがいろいろとうれしいはずである。
コンパクトながら使い勝手の良い室内

実際の建物を見て行こう。1階は向かって右側がキッチンとなっており、営業時間中は左側が通路になり、奥に住居への入り口がある形。公道に面してはテイクアウトを想定してカウンターが設けられている。営業時間中に自宅に帰ってくるとお店の中を通り抜けて自分の部屋に帰ることになる。
営業時間が終わったら店と廊下側の間にあるスライドウォールを閉めてしまえば通路のみになり、知らなければそこが店舗であることも分からないだろう。狭いスペースをうまく使ってトイレも作られている。

廊下の奥にあるオートロックの向こうは住居。2階、3階は18.94uのワンルームで宿泊をやっていた頃に備え付けられた家具、家電などがあり、すぐに生活が始められる。ロフトベッドの下に収納があるなど、コンパクトな空間に使い勝手の良さが考えられた作りが特徴だ。

4〜5階は螺旋階段のある63.01u、1LDKのメゾネットで玄関を入ったところに水回りを隠すようにブロックを積んだ壁があるなど、こちらも個性的。4階にキッチンと水回り、5階にリビングと寝室があり、JR線路を見下ろすような立地のため、鉄道好きにはたまらない眺望が広がる。

さらにうれしいのは約8.4畳の屋上だ。デッキチェアとテーブル+αくらいの広さだが、建物は道路に面しており、その向こうは線路になっているため、道路からはもちろん、向かい側から屋上はほぼ見えない状態になっているのである。
向かい側に建物はあるものの、かなり距離があるので分かるのは人がいることくらいだろう。プライベート感満載の屋上なのである。

ちょっと脱線するが、屋上は付いている物件が少ないためか、あるだけで人気が跳ね上がる。もし、作る余地があるのであればぜひ。
信頼関係の築ける人を募集
3月から募集を開始、募集サイトも作られて問い合わせは入ってきているが、基本、紹介のある人を対象にしたいと進藤氏。同じ場所を複数人で利用することになるため、ルールが守れない人が入るとトラブルになりかねないからだ。

「金払っているからいいだろと考え、掃除をさぼったり、酒の売り上げをごまかすような人が混じると崩壊します。本業があって副業として店をやるわけですが、だからといって面倒だからやらないとなるとそれも全体に影響します。紹介者がいる場合はその人の手前下手なことはできないと考えるので、誰でも良いから貸しますというよりは面倒ですが、ここをきちんとやることが成功への道です」。
入居者が決まった後は全員でミーティングを行い、やりたい曜日を決め、半年くらいでそれを交換するような仕組みを考えているという。また、入居者3人がメインマスターになるが、それ以外の日に営業するサブマスターも入居者決定後に募集する計画。
「副業で本業と違うことを試してみることで脱サラする人が出るんじゃないかという仮説を立てており、日替わり飲食店経営はその実験の場。実際、代々木で日替わり店長をやっているうちの一人は会社を辞めて他の店舗とケータリングでビジネスをスタートさせました」。
店をやる人という限定があるため、募集には時間がかかるかもしれないが、これまでにない試みである。入居者が決まり、店舗が動き出す人を楽しみにしたい。
健美家編集部(協力:中川寛子)