高低差のある、しかも細長い土地と聞くと使い方が難しそうと思うのが普通だ。だが、そんな不利な土地を利用、完成後すぐに全5戸が続々決まり、満室になったという人気ぶりを見せている建物がある。溝の口にあるシミズヤマハウスだ。
当初はアパート2棟のリノベ計画だった
現地にはもともと2棟、ワンルーム合計10戸のアパートが建っており、プロジェクト開始時点では半分ほどが空室。それをリノベーションしようというのが当初の計画だった。
ところが、建物の足元が擁壁の上に5段のコンクリートブロックが積まれた2段擁壁になっていたことなど構造的なリスクもあることから、リノベーションで対処するよりも新築したほうが良いということになった。
ファミリーを対象に新築することに
駅から徒歩12分と多少距離のある立地でもあり、単身者の場合は入退去が頻繁で管理も煩雑かもしれない。それも考えると建替えてファミリーをターゲットにしたほうがということだろう。ワンルームの場合、リノベーションしても変化の余地が少なく、費用をかけたほどの効果が期待できないという考え方もある。
新築に当たっては高低差の活かし方がポイントになった。完成したシミズヤマハウスは既存の2段擁壁や高基礎を撤去した段差を活かし、半地下的なスペースを作った。さらにその上に2層を配してあるので全体としてはトリプレット(3層)ということになる。
5戸の長屋のうち、2戸は防音室付き
全体は5戸の木造の長屋で、土地の幅の狭い部分にある2戸は半地下の約7.5畳を防音室とし、2階に4.5畳の寝室、水回り、3階に9.0畳のLDKが配されている。半地下の部屋には5戸すべて床暖房が入っている。防音室タイプ(2戸)の面積はそれぞれ64.51㎡と69.46㎡。
防音室は窓を二重サッシにし、壁、天井、建具を防音仕様にしたもの。見せていただいた一番角の部屋は「いいスピーカーを置いて音楽を楽しみたい」という人からの申込で最初に決まったそうだ。
防音室になったのは近傍の音楽系大学の存在を意識してのこと。オーナーからそうした人たちを意識して防音室を作っては?という提案があった。この防音室は玄関土間からそのまま繋がる形になっているので、仕事場としても、また、音楽を教える人の場などとしても使えるのではなかろうか。
駐車場付き、螺旋階段が居室を繋ぐ3住戸
もう1タイプは1階に駐車場を設けており、玄関を入るとやはり半地下に4.5畳の部屋が。部屋の外、駐車場から一段下がったところには住む人が自由に使えるテラスもある。
螺旋階段を上がったところにはトイレ、風呂などが集まった水回りと唯一扉のある個室4.5畳、バルコニーに面した洋室4.5畳があり、さらに螺旋階段を上がると4.5畳のキッチン、少し上がってダイニングスペース4.5畳、もう一段上がってリビング的な空間9.0畳があり、リビングには水回りの上を利用したロフト3.0畳もある。
どう使おうか、間取りの自由さが人気に
書いていて実際に部屋の様子が伝わるか不安になるが、非常に簡単に説明すると住戸の中央に螺旋階段があり、少しずつ高さがずれた部屋が階段の周りに配されているのである。しかも、扉のある個室は2階の1室だけで、それ以外は特に扉はない。不動産広告では2LDKと記載されていたが、実際には6部屋くらいある感覚だ。
「踊り場を拡張、スペースを最大に有効に使おうと考えてこの形になりました。扉、壁で仕切られた部屋は1室だけですが、高さが違うのでそれぞれを別の用途で使えます。リビング、ダイニング、寝室以外に半地下、2階の1室があるので仕事部屋、趣味部屋などとして使えます。
お子さんのいる家庭はリビングにカーテンレールを用意、仕切れるようにしてあるのでリビングの一部とその隣のロフトを子どもスペースにあてるという手も。見学に来た人たちには間取りの自由さ、駐車場があることが響いたようです」と設計者。
内覧に訪れた人の中にはこの地域の高低のある地形を住戸内に取り込んだような住まいという声もあったそうで、確かにそうした観点で見るとこの土地らしい物件かもしれない。
また、この物件は小型犬、猫とも1匹ずつ可で、住戸内の高低差は動物にも好まれそう。大きなキャットタワー的な建築のようでもあり、猫にはうれしい住宅といえそうだ。
専有面積は81.60㎡。このタイプで賃料は20万円で駐車場代も含まれていると考えるとお手頃な印象がある。
施主、設計、施工者の信頼関係を大事に
四角い箱であることが多い賃貸住宅の中では個性が際立つ特徴的な住まいだが、施工は大変だったのではないかと質問した。
「ポイントはどの工務店とやるか。こうした物件にノウハウのある会社とそうでない会社ではその時点で金額が変わります。技術があり、信頼関係のある工務店と組むことが肝要です」。
また、最近の工事価格上昇局面ではプロジェクトが立ち上がった時点で事業者を押さえることがポイントになると設計者の古谷さん。
「本プロジェクトは概算時に相見積もりを行って工務店を決定、早い時点で業者さんと打ち合わせを始めました。相見積もりを長期間やっている間にも価格が上がります。それよりもプロジェクト当初から工務店と一緒に各事業者の予定を押さえてもらい、各種手配を同時にスタートさせる。そのほうが結果的には安くつき、クライアントにも良い結果になるはずです」。
今後も資材、人件費の高騰が続くと考えると値切ることを考えるより、信頼関係を考えることが良い物件に繋がるということである。心したいところだ。
古谷デザイン建築設計事務所
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