大家歴15年の太田さんは2023年5月に弟さんの孤独死を経験した。
「大家にとって孤独死の発生は悲しい出来事ですが、遺族にはさらに重い出来事となります。双方に立った私の体験談が大家の皆さんの参考になればと取材をお受けしました」
亡くなられた弟さんは太田さんより3歳年下の69歳だった。発見時点で死後3週間は経っており、遺体の損傷が激しかったことから警察の身元特定に2か月を要した。
突然の出来事だったが、大家の立場で明け渡しまでの手順をイメージできたことや大家仲間の協力もありパニックに陥ることなく対処ができたという。
孤独死の平均年齢は約62歳
20~59歳の現役世代が約4割を占める
戦前から続く地主の家に育った70代大家の太田さんには3歳年下の弟さんがいた。理由は後述するが、弟さんは3年前に実家を出て賃貸物件で一人暮らしをしていた。
太田さんのもとにある1本の電話が入ったのは2023年5月下旬のこと。
「弟さんの部屋の玄関前に宅配の荷物が置きっぱなしなっていると、お向かいの入居者から連絡をいただきました。部屋に立ち入りますがよろしいでしょうか?」
入居している賃貸物件の管理事務所からの連絡だった。
太田さんも慌てて弟さんの携帯に電話をかけてみたが、「電話に出られません」と機械的な応答が続くばかりだった。
2時間後、今度は管理事務所とは違う見慣れない番号からの着信だった。
「〇×警察署です」
警察署の担当者からは、部屋で弟さんが亡くなっていたこと、死後3週間は経っていて遺体の損傷が激しいことを告げられたのみでいったん電話は切れた。
警察からは現時点での事実のみで、事件性があるのかないのかといった事柄については一切の情報はなかった。ただ、身内ということを差し引いても弟さんが事件に巻き込まれるような人物には思えず、また自死を選ぶような理由も思い当たらず、太田さんは突然死だろうかと思いを巡らせたという。
弟さんは69歳だった。寿命を迎えるにはまだまだ早い年齢ともいえる。
しかし太田さんには15年を超える大家歴があり、実体験こそなかったがセミナーなどを通じて孤独死についての見識を持っていた。
一般社団法人日本少額短期保険協会孤独死対策委員会の調査によれば孤独死の平均年齢は約62歳。平均寿命よりもはるかに若い年齢で死を迎えているからだ。
厚生労働省発表の「令和4年簡易生命表」では男性の平均寿命は81.05歳、女性87.09歳だが、下記表の「第7回孤独死現状レポート」(一般社団法人日本少額短期保険協会孤独死対策委員会調査/2022年11月公表)によれば調査を始めた2015年4月から2022年3月までの間に孤独死した人数(※1)は6727人。孤独死の平均年齢は61.9歳という。
うち20~59歳の現役世代が全体の約4割を占めており、孤独死は全世代で身近に起こりうる問題だといえる。
(※1)同レポートでの孤独死の定義は「賃貸住宅居室内で死亡した事実が死後判明に至った1人暮らしの人」としている。
「突然の出来事でしたが、大家業を営んでいる関係で孤独死については事前にセミナーや本で知識を得ていましたので、パニックに陥らずには済みました」(太田さん)
遺体を搬出し部屋の鍵を2か月押収
長引く警察捜査に遺族も管理事務所も困惑
再度、警察から着信があり、電話で30分ほど聞き取りが行われた。
弟さんが一人暮らしをするきっかけや、この賃貸物件に入居した理由などが主だった。
警察には以下の話をしたという。
「もともと弟は私の家の隣にある実家で母親と二人で住んでいたのですが、2020年に高齢の母親が老人ホームに入ることになりました。と同時に実家はすでに築60年を超えていて雨漏りに悩まされていましたので、弟も実家を出て一人暮らしをすることになったのです」(太田さん)
太田さんは大家として培った知識や経験を活かし、60代半ばにさしかかった弟さんの賃貸物件探しをサポートした。
最終的に契約したのは、家賃債務保証会社の加入義務がなく、家賃を1年前払いすることで入居のできる賃貸物件だった。弟さんは独身だったため兄の太田さんが緊急連絡先となっていた。
弟さんが一人暮らしを始めた後に太田さんもこの新居を訪ねているが、もともとキレイ好きだったという弟さんの部屋は整頓されており、特に変わった様子は見受けられなかった。
また弟さんには肺の持病があり、動いたときに息切れがするということはあったというが、長く付き合っていく病であり急な治療を要するものではなかった。
コロナ禍に入っていたことから、1時間半近く離れた弟さん宅を訪ねたのはこのときが最後となったが、太田さんは携帯のショートメールで弟さんと連絡を取り合っていたことなどを警察に話したという。
今回のことで太田さん以上に困惑したのは弟さんの賃貸物件の管理事務所だった。
「部屋のご遺体は警察が運び出したのですが、その時に警察が鍵も持っていってしまい、部屋には誰も入室ができない状況です。すでに部屋から臭いがすると周辺から苦情が来ているので玄関回りにテープを貼って対応をしましたが、清掃もできませんのでこちらとしてもどうしたらよいか困っております」と担当者は述べたという。
ただ、太田さん自身も警察からの連絡を待つほかない状況だった。
「事案が発生してもただ連絡を待つだけで、自分では解決に向けて何もできませんのでストレスは溜まるばかりでした」(太田さん)
さらに2週間が経ち、警察からの連絡。捜査が終了したのだろうと思いきや、「遺体の損傷が激しく、身元確認が難航しているので、親族のDNAを採取させてもらいたい」という出頭要請だった。
太田さんは警察署に出向きDNA採取を受けた。係官からは1週間ほどで捜査が終了するとの話を聞いたので、太田さんの家の菩提寺に連絡を取り葬儀業者の日程調整に入るのだがしばらく連絡はなく、捜査は長引いているようだった。
「1週間経過しても連絡がなく、警察に電話をしてもはっきりした返事がいただけないまま2週間以上が経過しました。結局、遺体と部屋の鍵、押収した金品の返却がされたのは7月中旬。なんと死亡推定日から2か月が経過していました。その際、亡くなった状況などの説明は一切なく、あっけない終わり方でした」(太田さん)
後日受け取った死体検案書には「不慮の病気による」としか記されておらず、死亡日も5月上旬ごろという曖昧な表現で詳細は一切書かれていなかったという。直接の死因は分からずじまいだった。
「警察での遺体保管料などの費用はかかりませんでしたが、提携病院の死体検案書の発行に11万円かかりました」(太田さん)
なお、病院で持病により死亡した場合であれば、5000円~1万円程度の「死亡診断書」で済むが、急死や孤独死などの場合は「死体検案書」が発行される。検体代などが含まれるため高額になりやすいとされる。
孤独死は早期発見が大切
特殊清掃業者に依頼し、原状回復に44万円
弟さんとの別れは、遺体発見から時間が経ちすぎていたこともあり直葬(通夜や告別式はなく火葬だけを執り行う)という寂しいものになった。太田さんはひと息つく間もなく火葬の翌日に賃貸物件の管理事務所に出向き退去の手続きを行った。
「2週間後には鍵の返却をお願いいたします」
「私どもで原状回復はできますので大丈夫です」と管理事務所は話すのだが、会話をする中でこの賃貸物件内では孤独死への対応経験がなく、通常清掃だけで次の募集がかけられると思っていることに太田さんは気づいたそうだ。
「高齢者を多数入居させている大型の賃貸物件でしたが、この物件内で孤独死の対応経験が全くなく通常の退去と同等に考えていたのには驚きました。
2か月もの間、締め切った部屋ですので臭いが充満していることは十分想像できます。まして7月のとても暑い時期です。自分でこの部屋に入る勇気もありません。結局、管理事務所に代わり、早急に特殊清掃と遺品整理を済ませるべく私が業者を手配することになりました」(太田さん)
幸いにも大家仲間が現場の近くで相続コンサルタントとして開業しており、事前に話しをしていたこともありすぐに特殊清掃の依頼をすることができた。
いつも多忙な業者なのですぐに取り掛かってもらえないことを危惧していたが、タイミングよく翌日から作業に入ってもらうことができたという。
特殊清掃は数日で終了し、かかった費用は44万円だった。特殊清掃時に部屋全体のクリーニングを実施したこともあって、賃貸物件の管理事務所からは敷金の約85%を戻してもらうことができた。
鍵を返却後、太田さんはお茶やQUOカードを手に異臭騒ぎなどで迷惑をかけた近隣10室に挨拶。近隣の住民からの新たな苦情はなく、皆、淡々とお詫びの品を受け取ったそうだ。
なお、清掃業者の担当者から聞いた話として、弟さんの遺体があったのは浴室やトイレといった身体に負荷のかかる場所ではなく、居室のリビングの一角だったそうだ。
また、太田さんが弟さんのデジタル遺産の整理を進めるなかで、パスワードのメモなどをもとにスマホにログインするとSNSには亡くなる直前まで書き込みをしていることが分かったという。
「今回遺族の立場で孤独死を経験し実感したのは早期発見の大切さでした。発生から原状回復まで2か月以上要した原因は遺体の発見が遅れたことにあります。遺体の損傷が激しく身元確認に時間がかかってしまいました」(太田さん)
ただ、太田さん自身も手をこまねいていただけではなかった。生前、弟さんには見守りサービスへの加入を勧めていた。弟さんの賃貸物件では時折見守りサービスの業者を呼んで説明会を開いていたので利用を勧めるも、本人が加入したがらなかったのだ。
「自分が孤独死するかもと思う人はいないでしょうし、当事者はそんなものなのかもしれません。サービスを取り入れても、頻繁な安否確認の対応が面倒だということで解約する人が多いとの話も大家仲間から聞いていました。早期発見に向けより使い勝手の良いシステムの改善が望まれるところです」(太田さん)
太田さんが言うように、早期発見の大切さは前出の「第7回孤独死現状レポート」も明らかだ。
孤独死発生から発見までの単純平均日数は18日。実際は4割が3日以内に発見されている一方で、15日以上経過して発見される割合も3割を超えている(下図「発見までの日数」を参照)。
なお、2021年に国土交通省は取引対象の不動産で生じた人の死について、適切な調査や告知に係る判断基準がないことから円滑な流通、安心できる取引の成立を阻害している問題があるとし、「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(下記、ガイドラインのポイントを参照)を策定した。
ガイドラインでは、宅建業者は原則、取引相手に告知しなくて良いとされる自然死や日常生活での不慮の死であっても亡くなってから時間が経過し、特殊清掃などが入った場合は事案発生から3年間は告知する義務があるとした(ただしガイドラインであり罰則規定はない。大家が直接入居者を募集する場合もトラブル回避のためのひとつの指標となりそうだ)。
つまり、宅建業者は原則として賃貸物件内で自然死が起きても、早期に発見できれば告知は不要である(賃借人から問われた場合や、把握すべき特段の事情があると賃貸人が認識した場合は告知が必要)。
そのためむやみに独居世帯の入居を敬遠するのではなく、独居世帯でも孤立してしまっている入居者の異変にいかに早く気づけるか。見守りサービスを始めとする事前の対策が鍵となってきそうだ。
「今回の体験を通じ、孤独死は誰にでも起こりうることと実感しました。私自身も入居者様が何かあれば大家に相談できるような関係になることを目指していきたいと思います」(太田さん)
執筆:
(すどうみき)