千代田区神保町、再開発ビルが並ぶ通りと古い書店、飲食店が並ぶ人通りの多いメインストリートとの間にある一画に建つ築50年近い小規模ビルが改装された。形はそのままに耐震補強を施して誕生したのは1階に食、2階に働、3階から5階に住をシェアする複合施設・REDO Jimbochoだ。
補強+運営で老朽化建物の価値を向上する新規事業
現REDO Jimbocho、旧武田ビルは敷地面積70.72㎡、建築面積61㎡、延床面積288㎡というコンパクトな5階建て。1974年に建設されており、2023年時点で築49年。古いビルでもあり、通りに面した二方向に窓が多いという偏りから耐震補強は必須である。
同ビルを取得、再生したのは大阪府東大阪市に本社のある建造物の補修、補強工事に特化した事業を手掛ける株式会社キーマン。
耐震補修の設計から施工までを自社一貫体制で行う同社からするとハードの改修だけならこれまで幾多の仕事と変わらない。だが、今回、異なるのはソフト面、つまり運営も含めて行う、新規事業としてのビル再生だったということだ。
「1993年に創業、新しいものを創らない建設会社として耐震補強を中心に既存建物を再生する仕事を続けてきましたが、創業30年を前に新規事業として建物を再生するだけでなく、老朽化した建物の価値を上げる事業をと考え、取り組んだうちのひとつがこのビル、REDO Jimbochoです」と同社代表取締役社長・片山寿夫氏。
改修しておしまいではなく、収益性を考え、入居者に選ばれ、使われるビルを作る必要があるため、同プロジェクトでは不動産コンサルタントとして創造系不動産、建築家として渡邉明弘建築設計事務所が同社と一緒にタッグを組むことになった。
また、新規事業ということでもあり、検討は何をやるべきかを考えることからスタートした。そのうちのひとつが地域を巻き込もうと行ったさまざまな取組み。何をやるかに迷ったら、地域に聞いてみようというわけだ。
地元の声を聞くことからプロジェクトがスタート
結果、プロジェクトは建物前での街角アンケートから始まることに。当初から1階には飲食店を入れる計画があり、どんな店に入って欲しいか、地元の人たちに聞くことにしたのである。その後も着工に至るまでの、建物が使われていない間を利用、1階の42㎡ほどを期間限定で使ってもらうという試みを続けた。
その結果、2022年10月から同年12月までの約2カ月ほどの間に共同出展を含む出展者が合計30名、キャンセル待ちが10名ほども出たそうで、延べ来場者数は1200人以上。この場所の認知度向上に大きく向上したはずである。
その後2022年12月から本格的に工事が始まり、2023年6月に完成を迎えたわけだが、完成した建物はまず、見た目から面白く、さらに使い方を聞くとなるほどという点が多い。順にご紹介していこう。
剥がしっぱなし仕上げという斬新な外観
まずは外観。もともとの外装材を剥がしてクラックを補修、それをそのままにした仕上げだそうで、創造系不動産の高橋寿太郎氏によると「剥がしっぱなし仕上げ」。建物外装だけでなく、天井、壁などでも多用されており、姿は同じだが、生まれ変わったという印象を受けるのはそのためだろう。
内覧会時に内装工事が行われていた1階は当初からの予定通り飲食店が入る。コンパクトな店内はワンオペを前提に10人ほどが座れるコの字型のカウンター席が配される。それだけなら普通だが、新しいのは運営スタイル。
2年契約で、若手の成長を促すシェア型レストラン
当初、片山氏は地元・神保町の人達からさまざまな飲食店への要望が出たことから、月替わりであちこちの有名シェフが担当するスタイルを想定、人気シェフを口説いて回ったそうだ。
だが、人気店でシェフが1カ月も店を空けるわけにはいかないと軒並み断られ、それよりも若手を育成するスタイルはどうかという提案を受け、方向を転換した。
「シェアキッチンのハイエンド版と思っていただくと分かりやすいでしょう。店舗の場合、普通は借りてから借主が内装や設備の工事をしますが、ここではそれは全部用意されており、出店にあたって高額の費用は不要。若手でも店を出しやすくなっていますが、その分、契約は2年だけ。この店からどんどん巣立って行って欲しいと思っています」。
コワーキングはあるけれどシェアハウスの少ない都心部
2階は無人コワーキングスペース・CO書斎となっている。通りに面した2面には窓際にデスクがあり、中央には可動式でレイアウトが変えられる六角形のテーブルが配されている。席はすべてフリーで飲食、私語は可能。
利用料金は全日利用(8時~22時)で月額1万2900円から。学生の多いまちらしく、学生の月額利用料金9900円などという設定もある。
ところで、ここで興味深かったのはこの立地で何を作るかと考えると多くの人がオフィスか店舗と考えるだろうし、小規模ビルであればコワーキングオフィスは誰でも思いつくはずだが、すでにこのエリアではコワーキングスペースは飽和状態だということ。
確かにコロナ禍ではあちこちでコワーキングスペースが作られ、特にオフィス街周辺には多すぎるほどの状態が出来している。その中で4階、5階までをコワーキングスペースとした場合にはエレベーターが必要になる。設置できないわけではないが、設備分、費用が嵩むし、その分オフィスとして使える面積も少なくなる。
であれば、この地に足りないものにしたほうが選ばれる可能性は高くなる。そして、それが3階以上に配されているシェアハウスだという。
言われてみて気づいたのだが、山手線駅の周辺にはあるものの、それより内側の都心部にはシェアハウスは少ない。おそらく神保町界隈にはほとんどないのではあるまいか。だが、ないからニーズがないということではない。
超変形間取りでも立地が良ければ決まる!
さて、その3階以上のシェアハウスだが、収益上の必要性から3階、4階には4戸ずつ(共用部のある5階にも1戸あり、合計9戸)が配されているのだが、これらがいずれも変形な部屋ばかり。どの住戸にも窓を作り、かつある程度の戸数を作ろうと考えるとこうなるそうだが、これだけの変形の住戸も珍しい。
シェアハウスは外国人、日本人半々の入居を考えているそうで、賃料は9万円~。部屋はコンパクトだが、立地的には都心の交通利便性も高い場所でもあり、特に外国人向けはすぐに埋まると踏んでいる。都心のシェアハウス不足が伺えるというものである。
最後に耐震改修について。よくある耐震補強では柱の間にブレースや耐力壁を入れるなど、眺望、見た目、室内空間の広がりなどが犠牲になることがあるが、この建物ではそうしたやり方での補強は行われていない。
既存の2本の柱を補強(掲載した3階の平面図の赤い部分)、加えて屋上にあった高架水槽を撤去、直結増圧方式に変えることで水槽と登録の一部を撤去、建物の軽量化を図ることで耐震性能を上げたという。
耐震補強と聞くだけで、多額の費用がかかり、とうてい無理と思う人も多いようだが、実際には様々なやり方があると聞く。小規模ビルで比較的安価に安全を手に入れるためにはどうすれば良いか。いずれ、お伝えしたいところである。