柏駅と流山おおたかの森駅の間にある東武野田線(東武アーバンパークライン)豊四季駅は隣接する両駅に比べると格段に知名度も繁華さも異なる小さな駅だが、そこから歩いて13分、駅から決して近くはない場所に誕生した新築物件Gargantua(以下ガルガンチュア)が注目を集めている。
専有面積は80~110㎡と一般的にはあまりない広さがあり、賃料は16万5000円(共益費8000円)からと、これも良い額。この地域では希少だろう。
だが、募集が始まって2カ月で全9戸のうち、4戸はすでに決まっているという。立地、価格から考えると非常に好調なスタートだが、その要因はこの物件が他の追随を許さないオンリーワンであるという点。他にない物件があればそれがどこであれ、人は集まるのである。
周辺をリサーチ、勝てる物件を企画
ガルガンチュアが立地するのはごく普通の賃貸アパートや倉庫などが立ち並ぶ住宅街。すぐ近くを東武野田線が走る、畑も点在する地域である。
常識的に考えれば、ここに20万円を超す賃料の高額賃貸が成り立つと思う人は少ない。だが、オーナーの奥山羊太氏には勝算があった。
「隣駅の柏や流山おおたかの森では一戸建て賃貸や分譲賃貸で100㎡、賃料20万円前後の物件が出れば埋まる状態。であればニーズはあるはずで、他の物件にない魅力を付加することができれば同じような条件で決まると考えました」。
そのために考えたのが各戸それぞれに特徴のある専有設備のある物件だった。当初は戸建て賃貸も考えていたものの、戸建てでセキュリティを万全にするためには多額の投資が必要であり、かつ庭の管理にも手間がかかる。それよりは戸建て感覚のある広い集合住宅のほうが良いだろうと考えた。
最初のアイデアは全戸にガレージのある物件。1階に広いガレージを用意し、2階を住戸とするというものである。
奥山氏は義父の後を継いで賃貸経営を始めるまで医療機器や車関係の仕事をしており、機械類に詳しく、車好き。そこでガレージハウスと考えたわけだが、全戸が同じでもつまらないと思い直した。
そこで9社のハウスメーカーに見積もりとアイディアを求めたが、そのうち1社、積水ハウスだけが「全戸をガレージハウスにするのではなく、1戸、線路に近い角部屋に防音室を作りましょう」という提案を出してきた。
その提案を前に、1室だけ変えるよりは全室違うというほうが面白いのではないかと奥山氏は思った。その結果、生まれたのがガルガンチュア。
物件名は奥山氏が大好きな2014年の映画『インターステラー』に出てくるブラックホールにちなむもの。「一度入ったら二度と出られない、出たくなくなるような場になって欲しいという願いからです」。
専用設備以外にも各戸異なる作り
実際の物件を見ていこう。道路に面して夜間の照明が印象的なゲートがあり、その奥には戸数プラス4台の駐車場。駐車料金は月額7700円(税込み)で現在入居を決めた人のうちには2台分を借りている人も。秘書や親などがよく来るのでそのためにということとか。車離れと言われるが、利用する人は利用するのである。
建物は正面に1階にガレージのある2戸があり、その左右の通路から他の住戸にアプローチする形。ガレージには電動リモコンシャッターが設置されており、電気自動車用のコンセント、洗車用の水栓も用意されている。また、1階からガレージ内の愛車を眺めることもできるようになっており、車、バイク好きならそれだけでもうれしいだろう。
ガレージはマイバッハクラスの大型車が2台入る40㎡超と車とバイクがちょうど良いサイズの25㎡弱の2種類。ガレージだけでなく、ガルガンチュアでは間取り、キッチン、収納からインテリアに至るまでその他の作りもそれぞれの住戸が細かく違っている。
部屋を使っての営業も可能
ガレージのある2戸の背後にはフィットネスルームのある住まい。これは1階の玄関脇に10.4畳、鏡張りのフィットネスルームがあるもので、マシンを置いても良いように床は補強されており、汗が滴っても掃除が楽なように床はクッションフロア。天井の照明はスピーカーとしても使える仕様で、スマホなどからBluetooth経由で音楽を流せるようになっている。
加えてこの部屋を使い、一日一組程度など周囲に迷惑をかけない範囲であれば営業をしても良いという。そのため、フィットネスルームの隣には広いウォークインクロゼットが用意されており、ここを更衣室として使うことも考えられている。洗面所、トイレやバスルームも1階にまとめられているので、それを使ってもらうことも可能だ。
フィットネスルーム以外でもゴルフシュミレーターのある住まい、防音室のある住まいその他、営業できる部屋は多数あり、実際、ゴルフシュミレーターのある住まいはツアープロを目指すレッスンプロの人が借りたという。
自分で練習するのはもちろん、生徒たちにシュミレーターを使っての指導ができるのである。自分の部屋を使って収益を上げられるわけで、そう考えれば賃料は決して高くはない。
「ゴルフシミュレーターのある住まいは賃料が月額23万5000円ともっとも高いのですが、ボルダリングウォールを施工した会社の人がそれを知り、『安すぎます』と言われました」とも。
個人で入れようとすると数百万円はするプロ仕様。しかも、シュミレーターを入れるために天井高を2.8m取るなど建物自体から考えられている。
それが自宅にあり、いつでも好きな時に使え、それで稼ぐこともできる。設備の価値などから賃料の意味がきちんと伝われば入居に繋げられるのである。
ここにしかない空間が人を呼ぶ
それ以外の部屋も特徴があり、どれも面白い。順に見ていこう。まず、見た目でおおっと思うのはボルダリングウォールのある住まい。この住戸はリビングに吹き抜けがあり、そこにボルダリングウォールが設置されている。
ウォールの前には階段があるが、スケルトンの階段を採用しているため、視界は妨げられず、大空間を満喫できる仕組みだ。
ひとつ、面白いと思ったのはこの部屋を借りた人はボルダリングが趣味というわけではないという点。
空間そのものが面白いからと借りたそうで、一点他にない特徴があれば賃貸は借りてもらえるのである。よく賃貸は一点豪華主義、購入は平均点主義という言い方を聞くが、これはまさにその言葉の通り。印象的な空間であれば、それだけで選ばれることがあるのである。
同様に元々はサイクリストをイメージして作った土間スペースのある住まいも自転車が趣味の人ではなく、土間を仕事であるウェディンググッズ作成の場にしたいというのが入居の理由。
近年、テレワークのためのスペースがよく語られるが、デスクワーク以外の仕事でも自宅兼仕事場は求められているのだろう。
防音室のある住まいも営業に使えそうな住戸のひとつ。玄関を入ったところに12畳の防音室があり、グランドピアノの設置も可能。各種音楽教室ができそうである。
ただし、ドラム、声楽は非対応。夜は9時までと多少の制限もある。この部屋は見学時、実際に大音量で音楽を流し、それを隣戸で聞くという体験をさせてもらったが、壁に耳を付ければ振動は感じられるが、音として認識できるほどではない。それでも集合住宅での音トラブルは解決が難しい問題であり、こうした配慮は大事だろう。
ワークショップのある住まいは陶芸を意識して設備が用意されている。1階にある土間には扉付、扉無しの二つの室(捏ねた作品を乾かすスペース)が用意されており、電気窯の設置に必要な50Aのコンセントも。土間の隣の部屋を作品を見せるギャラリーとして使うこともできる。
大型壁面書棚のある住まいも見た目からして圧倒的。当初は吹き抜けの壁面一面に書棚がある部屋をイメージしていたそうだが、災害時のことを考えて1階に天井までの、2階に壁面いっぱいの書棚を設けることになった。
2階の書棚は吹き抜けに面しており、廊下には長いカウンターも。自宅で仕事をする人ならちょうど良い作業スペースになりそうだ。吹き抜けの大空間に配慮して大容量のエアコンが用意されている。ちなみにエアコンはどの住戸も必要な各室にすべて設置されている。
賃料と物件のほど良いバランスが満室に繋がる
住宅性能表示制度で耐震性能が最大の3になっているなど、建物自体も高性能に作られている。住戸内で仕事をする人が増えるこれからを考えると、これからの住宅は性能がこれまで以上に求められるはず。その意味では長く選ばれる住宅を作ると考えると、性能の高い住宅であることの意味は大きい。ただし、土間などを作る必要からバリアフリーについては評価を得ていない。
ところで投資を意識する観点からすると、これだけの設備を導入して収益はどうかという点は気になるところだろう。これについては事前に計算、表面で8%で回るように試算してあると奥山氏。大事なのは適正な収益を考えることだという。
「市場調査を行い、相場や設備その他から考え、借りた人がこれなら決して高くはないと思えるような住戸、家賃を設定してあります。大家だけが儲かる設定ではなく、借りた人が満足できる物件にする。
それが長く住んでもらうためには大事です。古いアパートならいざ知らず、チープなものを高く貸して儲けようとしても、それはいずれ入居者にばれ、選ばれなくなります」。
3年前に義父から賃貸経営を継承した時点では7棟53室のうち、半分が空室だったそうで、現在はそれが満室に。築30年を超すような古いアパートも2DKを広いワンルームに改装するなどで、4万円台の賃料を6万円台まで上げてきており、その言葉には説得力がある。
改装に当たっては自分で図面を引き、ガルガンチュアを企画していた時には自分でリサーチ、営業に歩くなど手間を惜しまず、自ら動いてもきた。物件案内のカードやYouTubeも自分で作り、入居者からの連絡には即応という。選ばれる物件には理由があるというが、それを実感した取材だった。
健美家編集部(協力:中川寛子)