不動産の使い方が多様化している。そのひとつのキーワードに「小商い」がある。本業としてばりばり商売するというより、週末、空き時間などに我が家を開いて小さく始める副業、複業も含めた商売とでもいえば良いだろうか。
賃貸住宅の一部が使われていることも多く、これからの不動産の使い方、貸し方を考える上では知っておきたい流れのひとつである。2022年4月に出版された「小商い建築、街を動かす!」(ユウブックス)の編著者の一人、建築家の西田司氏に聞いた。
空室が増えたアパートを改装、小商いを可能に
最初に小商いについてご存じない方のために書籍で紹介されている事例をご紹介しておこう。
書籍では12事例が紹介されているのだが、分かりやすいのは冒頭に紹介されている「欅の音terrace」(東京都練馬区)だろう。
これは空き家の増えてきた1階、2階各7戸、計14戸の賃貸アパートをリノベーションした事例で、住戸の玄関を入ったところに店舗などとして使える土間スペースを作ったというもの。うち1階は週に4日以上開業する人が対象の店舗兼住宅、2階は開業日数の制限はなく、基本住居でたまに外に開くこともできるという形となっている。
また、14戸のうち1戸を共用スペースとして改装、入居者主催のワークショップやイベントなどに使われてもいる。
世の中にそれほど多いタイプの住まいではないが、完成後の使われ方がイメージできるようにと完成前、完成記念で2回のマルシェを開くなどしてPRした結果、完成から2カ月で満室になったという。この成功にオーナーも可能性を感じたのだろう、隣接するRC造3階建てのマンションを同様に改装、現在、募集が始まっている。
入居しているのはスパイスカレー店、自転車店、セレクトショップ、コーヒーの焙煎所、子ども造形教室、フェルト作家(1階)建築設計、内装デザイン、洋服作家など土間をアトリエ的に使っている人や週末だけ書店を開く本ソムリエ(2階)など。入居者が計画してのマルシェなどのイベントも折々に開かれており、地域に賑わいをもたらし、物件の認知度を上げている。
これ以外に書籍で紹介されている例には新築あり、中古あり、シェアタイプありと様々。建物の概要や賃料、募集や管理などについても詳細が記載されているので、関心のある人はぜひ参考にしていただきたい。
仕事とプライベートに境界を設けない世代が登場
空き家の増え始めた古いアパートを一躍人気物件にするなど、建物所有者には気になる小商い。西田氏はそこにさまざまな変化を見ている。
「最初に小商いに目を向けたのは当時、弊社のスタッフだった神永侑子さん(編著者の一人)が超多忙な仕事の合間に横浜市南区の弘明寺にシェア店舗・アキナイガーデン(書籍で紹介)をオープンさせ、それを見学したことから。
これまでの住宅、公民館、店舗などと用途が決まった建物とは異なり、使う人によって使い方が変化、自由に使える従来にない空間であることにまず興味を持ちました。
その後、書籍の冒頭に紹介した欅の音テラスに関わったつばめ舎建築設計の方々と知り合い、小商い空間の可能性に開眼。一緒に事例を集めて本にしようと思い立ちました」。
不動産的にも、建築的にもまだまだ少ないタイプの物件であり、ユーザーに人気であると同時にオーナー目線で見ても小商いスペースのある物件はメリットが大きいという。
「賃貸住宅も多く手掛けてきましたが、建物が小さくなると工夫の余地がなく、どうしてもただのワンルームになってしまいがち。ところが、そんな、どこにでもある部屋の玄関を開け放つ、土間を作るだけで、使い方が変わり、風景が変わる。大きな差別化ができます。また、自宅に小商いスペースを併用するという考え自体に次世代感があると思います」。
西田氏のいう次世代感とは現在小商い、小商い空間に関心を持ち、実際に借りている世代の、仕事とプライベートに境界を設けないという感覚を意味する。
多くの昭和、平成の人間にとっては仕事と暮らしは別のもの。ある意味二項対立があるものだが、若い世代にはその感覚がないという。暮らしの延長に仕事がある、あるいはその逆でも良いのだが、わざわざ区別する必要がないと考えている人が多いというのである。
だから、自宅の一部が店舗になっていても、週末は自宅を開いて外の人が入ってきても平気だし、逆にそれを面白がる感覚がある。昭和、平成の人間のうちには他人を自宅に招き入れるのは苦手、嫌だと感じる人がいることを考えると、住宅のあり方、使い方が大きく変わっているのである。
個人的には欅の音テラスに小商いをする人たちが入ってきたことで管理が楽になったという点もメリットと思った。居住者は管理してもらうのが当たり前と思いがちだが、ビジネスをする場と考えると環境を良好に保つことは仕事の成果に直結する。となれば建物を良好に保とうと考え、自ら動く人が出て来る。住む人だけの時より管理の手間が軽減するのも当然かもしれない。
ファンを作れば古くなっても価値は落ちず
書籍は真似できる、ノウハウ本としても読めるように作られており、事例の他に小商いに向いた建物類型や入居審査、保証会社、契約形態など具体的なノウハウをまとめた項も作られている。
書籍にまとめられているものは書籍でご覧いただくとして、それ以外に小商い空間を含んだ賃貸経営を実現するために必要なことを西田氏に聞いた。大事なのは従来の不動産経営と違い、建物を作ったらそれだけで人が入るわけではないという点だという。
「事例を読んでいただけば分かりますが、どの物件も時間をかけて作られています。長いものでは建物が建つ前、改装する前の1年間を助走期間として使い、その間にワークショップやマルシェなどを開催するなどで、建物、その場に関心のある人たちを巻き込んで行っています。それが無ければ小商いはいきなり初日から人が来てめちゃくちゃ儲かるようなものではありません」。
近年、プロセスエコノミーという言葉がある。対義語はアウトプットエコノミー。出来上がった成果物に対してお金をもらうというもので、これまでの商売はこれが一般的だった。ところが、プロセスエコノミーはモノを作る過程を共有することで、それが収益に繋がる。
小商い空間でいえば、作るまでの間のイベントなどで関心を持ってくれる人を増やし、住みたいという人を集めるなどのプロセスが最終的に収益に繋がっていくと考えれば良いだろう。「小さな建物ほどプロセスエコノミーが有効。トライ&エラーが価値になります」と西田氏。
助走期間なく始めた場合には完成後にしばらくは時間がかかるということでもあり、最短で収益をという人には向かないかもしれない。だが、こうした作り方をした小商い空間には一般的な賃貸住宅とは異なる大きなメリットがある。
「プロセスエコノミーはファンを作るやり方ともいえ、ファンになって入居してきた人は出ていきにくくなります。また、出ていく人がいても次に入りたいファンがいるので、空室があってもゼロベースからの募集にはなりません。
ファンにとって建物の築年は関係ありませんし、逆にコミュニティは年を追うごとに成長していくもの。古い建物を利用した場合には保守には年々費用がかかるようになるかもしれませんが、建物が古くなっても価値、つまり賃料が変わらなければオーナーにとってプラスでしょう」。
実際、古い長屋を改装、ファンの多い大森ロッヂ(書籍に掲載)では退去する人が出ても他の入居者の知り合いや以前から入居を希望していた人ですぐに空室が埋まると聞いたことがある。入りたい人が行列している状態を作るのがファンを作るということなのである。
ただ、プロセスを共有、ファンを作るという仕事はこれまでの不動産会社の職掌ではない。そのため、いつも付き合いのある不動産会社に依頼して、こうした作業をやってもらえる可能性はあまり期待できない。これまでにない作り方をしようと思ったら、これまでとは違う人たちと作ることを考えたほうが良いのである。
実際、書籍にも掲載されている小田急線下北沢駅近くの商業施設ボーナストラックを見学、同じようなものをと望んで建設をした人の話を聞いたことがある。似たような建物はできたが、作った人も、その仲介を任された人も誰が、どのようにこの建物を使うかを理解していないままに作り、仲介を受託したため、長らく空き家状態が続いた。
今後の賃貸経営は建物という箱だけでなく、中身も考えながら計画、経営しなくてはいけないということなのである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
健美家編集部(協力:
(なかがわひろこ))