家賃数万円の築古ワンルームが危ない
首都圏では築年数の古い、3点ユニットのコンパクトなワンルームはこれまでも決まりにくい物件だった。その傾向に拍車がかかっている。
ある程度の家賃を払える、払い続ける人は在宅時間が長くなったことを受けて、少しでも快適に暮らせるようにと引っ越したいと考えており、実際、広い家への引っ越し、あるいは買える人であれば購入にと動いている。
その一方でアルバイト、派遣などとして働いてきた人のうちには収入が減少、家賃支払いが厳しいと感じる人たちも増えており、物件が動かなくなっている。
地域にもよるが、家賃でいえば5~6万円を中心に7万円、8万円くらいまでというところだろうか。学生も含め、実家に帰る例もよく聞く。
その状況を反映してか、市場でも築古のコンパクトなワンルームの売り物件が目につくようだが、対象となる層が減っている状態でそうした物件に投資するのはどうなのか。
これまで他人とは違うアイディアで難しいと言われた物件を満室にしてきたコンセプトエールの久保田大介氏にアイディアを聞いてみた。
SOHO可を前面に打ち出し、人気物件に
「今の状況はある特定の層が蒸発してしまったようなもの。市場にいなくなった人達をじっと待っていても空室が決まることはなく、時間の無駄。これを機に新しい武器を手に入れるチャンスです」と久保田氏。
そのために、久保田氏が最初に考えるのはNGと言われている条件をいかに可にするかだという。例として資料を見せていただいたのは東急田園都市線「池尻大橋」駅の物件。
渋谷の隣駅と言う立地で、駅から2分。この立地なら決まらなくなることはないのではと思ったが、実は3年前まではなかなか決まらない物件だったという。築31年、3点ユニットの部屋である。
ところが、ある条件を変えたことですぐ決まるようになった。現在は解約の前に申込みがあり、空いたらすぐに正式申込みで決定するまでに。何を変えたか。
SOHO可にしたのである。しかも、それを物件資料のトップに赤字で目立つように記載しているのである。
「池尻大橋の周辺でSOHO可はそれほどありません。相談されれば検討しますよという物件はあるでしょうが、最初から可です、利用を歓迎していますよとまで書いてある物件はおそらくこれだけでしょう。だから、この地域でSOHOを探している人にはこの物件だと、付き合いのある不動産会社は自動的に紹介してくれるほどです」。
渋谷の隣駅である。オフィスニーズがあるのだ。だが、ワンルームを利用してのオフィスである、一般の人が思うような不特定多数が出入りするオフィス然としたものになるわけではない。
最近だと一般企業に勤務する人が自宅でテレワークをしているが、そのような形で使われることが大半だろう。久保田氏も不特定多数が訪れることになるような業種、たとえばネイルサロンなどは入れないようにしており、SOHOだからと言って、一般の住宅をさほど変わったことはない。
だが、多くのオーナーは新しいことを嫌がり、聞きなれない言葉にアレルギーを示すと久保田氏。
「SOHO以外ではルームシェアも同様に可とすると決まりやすくなるのですが、以前、ルームシェア不可というオーナーさんたちにその理由を聞いたことがあります。それが実に無意味で、そんな理由でチャンスを逃しているのかと思いました」。
そのオーナーたちが挙げた不可の理由は3つ。「騒ぐのではないか」「家賃滞納が多いのではないか」「一方が結婚するなどで退居した場合解約されてしまうのではないか」というものだ。
いずれにも打つ手はあると久保田氏。
「騒ぐのではないかという不安には定借を使えば良い。トラブルがあったら再契約をしなければ良いだけです。家賃滞納に対しては保証会社を使えば良いし、一方の退居に関しては入居者の入れ替わりを認めるようにすれば、一方が解約しても問題はありません。そもそもルームシェアをしようという人達は友人が多く、社交的であるケースが多いので、2週間のうちに誰か次の人を見つけてきてくださいと言えば、多くの場合、ちゃんと探してきます」。
今は新たに入国してくる人がいないため、しばらくは使えない手になってしまったが、外国籍の人は風呂に入る習慣がないためか、3点ユニットにも抵抗が無く、借り手としては良かったという。
だが、外国籍の人に貸しましょうと提案すると、生活習慣が違うから嫌、本国に帰ってしまったら連絡が取れなくなり、家賃を払ってもらえなくなるかもしれないなどと嫌がられることが多かったという。
「言葉が通じない相手に貸すのは不安と思うようですが、それならネイティブスピーカーがいて、きちんと説明してくれる、外国人専門の家賃保証会社GTN(グローバルトラストネットワーク)さんに入ってもらえば問題ありません。もし、本人が急に本国に帰ってしまっても、同社は本国の親御さんに連絡が取れるような仕組みがあるのでその点も安心。定借、家賃保証会社などもそうですが、最近では様々な新しい仕組みがあり、それを利用すれば、これまでの不安を払拭することができるのです」
SOHO、ルームシェア、外国人の他にはセカンドハウスニーズ、DIY、ペットのうちでも他では飼いにくい特定の動物、大型バイク、あまり歓迎しない商売を可とするなど、一般にはNGとされている条件は意外にまだまだあり、それを可とするだけでも貸しやすくなるのである。
「自分でDIYをしてしまうオーナーさんもいらっしゃるようですが、それは入居者にやってもらってほうが良いのかもしれません。オーナーが自己満足で手を入れるより、入居者の自己満足を叶えてあげたほうが喜ばれるからです。思い切って原状回復不要としてしまえば注目されることでしょう」。
引っ越す価値をプラスする
NGを可とする、つまりターゲットを変える、ずらすだけでなく、その物件に引っ越すだけの価値があると思わせる何かをプラスするという手もある。一般的なのは家具、家電などを付加するというものだが、普通の、よくある品ではインパクトはない。
過去に久保田氏の手がけた物件ではアンティーク家具が設置された部屋があったが、同物件はいささか不便な場所にあったにも関わらず、すぐに満室になった。最近、見学したシェアハウスではデンマークの名品と呼ばれる椅子が置かれていたが、置くならそのレベルだろう。
また、久保田氏が手がけたメキシカンハンモックのある部屋には情報解禁から20日間で95件の問い合わせが殺到した。
しかも、家具であればかける額もそれなりになるが、この時のハンモックのお値段は金具の設置も含めて約5万円。それでこの効果である。ただし、ハンモックの場合は重量の問題からどの部屋でも吊るせるわけではない点は注意しておきたい。
もちろん、何かを付加するためには費用が必要になるので、費用対効果は十分に検討する必要はある。築古ワンルームであれば家賃自体がそれほど高くない。そこにいくらまでなら掛けられるか、冷静に考えたいところだ。
敷地、周囲の環境を使う
部屋自体に魅力を付加できないとしたら、敷地内、周囲に使えるものがないかを考えるという手もある。
たとえば屋上。過去に久保田氏が手がけた物件では屋上をちょっとした打ち合わせ、寛ぎスペースに変えたものがあったし、これまでに取材した物件の中には猫脚のバスタブを置いたもの、バーベキュースペースにしたものなども。安全をどう担保するか、周囲からの視線や音の問題など考えるべきことはいくつかあるものの、多様な使い方ができそうである。
特に自宅で過ごす時間が増えた最近であれば、仕事の合間のリラックススペースとして、あるいはWi-Fiを飛ばして、屋上で気分を変えて仕事ができますなどと謳ったら受けそうである。それ以外でも敷地内にちょっとした椅子、ベンチなどが置ければ、それも売りになろう。
最近、久保田氏が注目しているのは受水槽だという。
「直結式になって以降、使われていない受水槽を取っ払ったら空間が生まれます。いい位置にある場合もあるので、それを新たな駐輪場にする、くつろぎの場を作る、トランクルーム的に使うなど、いろいろできるのではないかと思っています」。
思い切って空室を一室、共有の場にするという手もある。シェアハウスでは趣味を売り物にした物件があるが、考え方は同じである。他物件との差別化がはかれる上、入居者間にコミュニケーションが生まれれば長く居住する人も増える。クレームも出にくくなる。もちろん、満室にも繋がる。
具体的には大画面テレビ、サラウンドスピーカーを置いてシアタールームにする、本を置いて図書室兼テレワーク部屋にする、ストレッチやヨガ、筋トレなどができるようにするなどなど。シェアハウスでどのような例があるかを調べてみるとヒントになりそうである。
ただ、こうしたスペースは場所だけを作ってもダメ。利用してもらうためには運営、仕掛けも必要で、それなりのノウハウ、センスがいる。使い方まで熟慮した上で運営にも力を入れなければ企画倒れになるので、その点は注意したい。
空室だけでなく、敷地内の使っていない空間を趣味的に使えるようにする手もある。たとえば、高額な自転車を持っている人であれば専用のセキュリティの確保された駐輪場があれば入居したいと思うだろうし、大型バイク可の駐輪場も同様だ。
このように考えていくと、新しいチャレンジができる人にならいろいろやりようはある。もし、空室が埋まらないからと今後、物件価格が下がるなら、チャンスかもしれない。
もうひとつ、物件資料を見せていただいて思ったが、資料の作り方にもポイントがある。おざなりに他と同じ項目を羅列するのではなく、他と差別化できる項目を目に付くようにする。当たり前のようだが、これが一般的な物件資料ではできていない。たぶん、そこを変えるだけでも、物件の印象は変わるはずである。
健美家編集部(協力:中川寛子)