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今、全国的に「団地」が大注目、活用事例も続々。今団地に何が起こっている?投資家にもチャンスはある?New

不動産投資全般/社会問題・情勢 ニュース

2026/03/02 配信

月見台団地空撮。この印象的な写真が世の関心を惹き起こしたという言い方もできるかもしれない(写真提供/エンジョイワークス)
月見台団地空撮。この印象的な写真が世の関心を惹き起こしたという言い方もできるかもしれない(写真提供/エンジョイワークス)

2024年年末以来、団地への注目が高まりつつある。きっかけは横須賀市が廃止した旧市営田浦月見台住宅。JR田浦駅前から坂道を登った先にある平屋の団地群で、そこが民間事業者の手で再利用されることになったことが注目を集めた。

それによって次々にあちこちの団地の事例が紹介されるようになり、中には一度廃止が決まっていた団地を再度使おうという動きも。地方では安く払い下げられたり、安価に購入できることもあり、個人でも使えないことはなさそうだ。

そもそも、団地とは何か

まず団地とは何か。非常に簡単、雑に言うと敗戦後、その後の高度経済成長下での住宅不足を解消しようと作られた公的な事業主体による集合住宅である。

敗戦の1945年からしばらく、日本は約420万戸とも言われる深刻な住宅不足に悩まされた。空襲で多くの家が焼けたところに海外から引揚げてくる人達がいた上に、1947~1949年にはベビーブームが起きた。

3年間で約800万人が生まれており、この頃に生まれた人達がいわゆる団塊の世代である。ここで人口が急増したことがのちの高度経済成長を牽引したわけである。

この住宅不足に政府は3つの政策で立ち向かおうとした。それが1950年の住宅金融公庫法、1951年の公営住宅法、そして1955年の日本住宅公団法である。

順に意訳すると、お金がある程度ある人には融資するから家を買ってもらおう、それが難しい人たちには地方公共団体を主体にした住宅供給公社に国庫補助を入れて低家賃住宅を建設するからそこに住んでもらおう、そしてその間くらいの人達には住宅公団が作る住宅に住んでもらおうということである。

地方ごとにそれぞれで住宅を作ってもらおうと先に公営住宅法で作り始めたものの、それでは間に合わないと自治体の境界を越えたエリアで住宅を作れるようにしたのが日本住宅公団と考えると、流れは分かりやすい。

団地という言葉はこの時点で生まれたとされる。日本住宅公団法第3条に「公団が建設する住宅は一団の土地に集団で建設することを原則とする」とあったためである。

建てられたのは耐火性能を有する構造の集団住宅で、多層化して土地代を分散、規格化・量産化することで建築コストを抑えようとした。

ただ、現実的には公団や公社などの公的事業主体が作ったもの以外でも団地と呼ばれているものはあり、逆に集団で建築されていない団地もある。そのうち、ここではとりあえず、公的事業主体が作ったものを中心に考えることにする。

というのは国は公営住宅の法定耐用年数はRC造で70年と定めているため。法定耐用年数に近づいてくる、あるいはもっと前から多くの公的事業主体は建物が古くなってくると新規入居者募集を停止、徐々に人を減らし、最終的には取り壊して土地を売却、あるいは建て直すなどしてきた。

ところが、民間にはそうした縛りがない。そのため、市場に出てくる可能性がそれほど高いとは言えないのである。

さて、これまでは取り壊して土地売却、取り壊して建て直しというのがよく行われてきたのだが、このところへ来て取り壊す資金がない、取り壊さずに活用しようという動きが起こり始めている。

地方自治体の財政が厳しいのはこのところ、よく知られているし、解体費も値上がりしている。特に団地は初期には地域の耐火に資することが意識されていたこともあり、解体に費用がかかるRC造が中心である。

解体にはそれなりの額がかかり、地域によっては更地にしたところで売れそうにないこともある。だとしたらそのまま払い下げる、使い続ける道を模索しようではないかというのがこのところの流れというわけだ。

手が入る以前の月見台団地。廃止されて以降、放置されていた(筆者撮影)
手が入る以前の月見台団地。廃止されて以降、放置されていた(筆者撮影)

冒頭に上げた横須賀市の団地もこれまでだったら取り壊していたかもしれない。この団地はRC造ではなく、木造、ブロック造だったが、それでも取り壊されないままだった。それはおそらく立地による。駅から歩けば10分ほどとさほど遠くないように聞こえるが、その道はずっと坂。しかも急坂である。

また、最寄り駅田浦は駅前にほとんどないもないような駅である。そこに新たに住宅を作っても買う、借りる人がいるか。そう考えると使われなくなった後、そのままにされていたことも分からないではない。

だが、そのままでは不法に入り込む人が出てくるなどで治安に懸念がある。地元から言われて民間事業者と活用することになったわけである。44

住宅地のちょっと先、高台への入口にあった旧畑田団地(筆者撮影)
住宅地のちょっと先、高台への入口にあった旧畑田団地(筆者撮影)

同じように2025年初に話題になった北九州市門司にある旧畑田団地も使用廃止から3年ほど放置されていた団地だった。ここは市街地に近く、徒歩圏内には商店街もドラッグストアもあり、さほど不便な場所ではなかった。

北九州市は急傾斜地が多いエリアだが、旧畑田団地自体は傾斜地の入口にあり、さほど坂を登らなくてはならない立地ではない。

だが、背後に崖を背負っており、おそらくはそれが懸念されたのだろうと推察する。裏手に回ると崖の上にはかつて神社があったことが分かるのだが、参道だっただろう階段は崩落している。

そこに建つ2棟の老朽化した建物をわざわざ壊しても、そこに新築をして買う人が出るだろうか、あるいは賃貸住宅としてもさて、どうか。それが放置されていた経緯だったと思われる。

だが、そのままではまずいということで売却されることになったのだが、初回は不調だった。誰も買う人がいなかったのだ。そして2回目に90万円で購入したのは福岡市内の大家さんである。

相続した廃墟になりつつあったRC造の賃貸マンションをDIYをてこに再生した吉浦隆紀さんだ。その成功体験から同じようなやり方で再生できるのではないかと踏んだのである。

この写真もあちこちでご覧になった方も多いのではないか(筆者撮影)
この写真もあちこちでご覧になった方も多いのではないか(筆者撮影)

そして実際、門司港1950団地の全24戸はあっという間に満室になった。当初3年間という期間限定だが、月額1万円という破格の家賃で募集され(2024年中はフリーレント)、ライフラインは使えないが、好きにDIY可という条件だった。

公には募集していなかった棟がこちら。この状態で使えると思う人のほうが少ないかもしれない(筆者撮影)
公には募集していなかった棟がこちら。この状態で使えると思う人のほうが少ないかもしれない(筆者撮影)

ちなみにここには2棟の建物があり、最初は崖下にある棟は賃貸しない予定だったようだが、2025年になって公には募集していないにも関わらず、借りたいという人が続出。3カ月ほどで10室が満室になっている。

こうした事例から考えると、今後も団地は古くなり続け、これまでと違って解体されずにそのまま売却される、あるいは活用者が求められるケースは出てくるのではないかと思われる。

解体されない理由としては現状、立地の難が大きい。不便な場所、危険があるもしれない場所は手をつけられなくなるということである。それをどう使うか。

ここまでに挙げた2物件がいずれも早々に埋まったことを考えると、これまでの常識では使えなかった築古団地にも今の時代、使い方次第ではチャンスはあるのではなかろうか。

健美家編集部(協力:中川寛子(なかがわひろこ))

中川寛子

株式会社東京情報堂

■ 主な経歴

住まいと街の解説者。40年近く不動産を中心にした編集業務に携わり、近年は地盤、行政サービス、空き家、まちづくり、地方創生その他まちをテーマにした取材、原稿が多い。
宅地建物取引士、行政書士有資格者。日本地理学会、日本地形学連合、東京スリバチ学会会員。

■ 主な著書

  • 「ど素人が始める不動産投資の本」(翔泳社)
  • 「この街に住んではいけない」(マガジンハウス)
  • 「解決!空き家問題」「東京格差 浮かぶ街、沈む街」(ちくま新書)
  • 「空き家再生でみんなが稼げる地元をつくる がもよんモデルの秘密」(学芸出版)など。

※ 記事の内容は執筆時点での情報を基にしています。投資等のご判断は各個人の責任でお願いします。

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