廃屋を100万円で購入し一棟丸貸しの民泊施設へリノベーション。観光資源に乏しい地方都市の岡山市で1泊4~5万円の民泊事業を行うのは40代オーナーのソウシュウさんだ。
ソウシュウさんの民泊施設「桃雉庵(トウチアン)」の本館、別館は、民泊仲介サイト大手の『Airbnb』で共に星4.97、星 4.94 の高評価を得ている。民泊運営経験ゼロのソウシュウさんが地方都市でどのように民泊事業に参入し、高単価かつ高評価の宿泊事業としていったのかを紹介する。
荒れ果てた茶道教室を1500万円でリノベーション
『Airbnb』でレビュー61件 星4.97の人気施設に
《お風呂が檜でとても広くて素晴らしかったです》
《バルミューダの家電が欲しくなりました。用意してあった朝食の材料が最高で、おいしくいただきました》
《初の民泊利用でしたが、非常に素敵な貸別荘で快適に過ごすことができました》
岡山という地方都市にあって、民泊仲介サイト大手の『Airbnb(エアアンドビー)』で40代オーナー・ソウシュウさんが運営する民泊施設「桃雉庵(トウチアン)本館」には上記の好意的なレビューが並ぶ。
ソウシュウさんによれば、9割は県外からの利用で1泊2日、5~6人ぐらいのグループが多いという。
日本人のほか、香港人や台湾人などの外国人も利用しており、取材時点(2023年8月1日時点)でレビュー61件、星4.97と利用者の満足度は高い。
民泊運営には、物件探しや住宅宿泊事業法の許可申請や建物の内装などといったハード面から、民泊仲介サイトへの掲載、ハウスルールの作成、ゲストとのやりとり、退出後の掃除などのソフト面まで様々な業務があるが、地方都市の岡山で1泊4~5万円(清掃費も含む)の民泊事業をどう軌道に乗せたのか。
24歳で起業し、機敏にビジネスチャンスを捉え、様々な事業に取り組んできたソウシュウさん。2008年のリーマンショックでは倒産寸前まで追い込まれる経験もしている。
「奇跡的に無借金経営だったので破産する事態には至りませんでしたが、ほぼすべてを失いました」(ソウシュウさん)
仕事の浮き沈みを経験しながら、2014年に地元の大家のグループに参加。ソウシュウさん自身も再建築不可の築古戸建てを110万円でDIYし、月6万円の家賃収入を手にしていた。
民泊参入のきっかけとなったのは、2016年に100万円の激安“負動産”を購入したことだった。
岡山駅から車で10分の高台にあり、建物36坪に対して敷地は180坪と広い。24年近く放置されており、木々は生い茂りあたり一帯荒れ果てていた。
売値が400万円、200万円と下がっても、長らく買い手が現れなかった理由は、元・茶道教室という用途にあった。
「庭石、灯篭、池、井戸と賃貸物件にするには邪魔でしかないものが勢ぞろいしていました。さらに、駐車場もなく、木々も荒れ果てていて、敷地には真冬にしか入ることができませんでした」(ソウシュウさん)
ソウシュウさんは希望額の100万円に下がったところで「これをどう活用しよう」とワクワクした気持ちで廃屋を購入したという。
2017年に入りインバウンドのニュースが連日取り上げられるようになると、ソウシュウさんは“負動産”を活用した新規事業として民泊への参入を決める。
5年間の売上目標は3235万円
開業1.5年目でコロナ直面も返済を乗り切る
行動は速かった。『Airbnb』のリスティングを何百件と閲覧し、暇があればクチコミ評価の高い宿を中心に研究し続けた。
事業計画書を作って金融機関を回るも、再建築不可物件のため、融資に難色を示す金融機関は多かった。最終的に1棟目の戸建てを売却して出来た350万円を頭金に、日本政策金融公庫から5年で借入をすることができた。
このとき提出した事業計画書では、
改装費は1500万円、5年間の売上目標を3, 235万円とし、
初年度は3万円×120日想定=360万円、
2年目は3,5万円×150日想定=525万円、
3年目は4万円×160日想定=640万円、
4年目、5年目は民泊新法(住宅宿泊事業法)上限の180日の稼働を想定し、売上目標とした。
(ただ、この1.5年後に新型コロナの感染が広がるため、2020年4月以降実際の売上は予想を大幅に下回るものとなる)
また、24年間放置された建物と荒れた庭の改修と問題は山積だった。改修予算は1500万円で、建材は施主支給とした。
前年に別の戸建て賃貸物件で仕事を依頼していた大工ら職人に仕事を依頼。ソウシュウさんも現場入りし、庭の枝木の伐採から、建材の搬入作業、廃材の分別作業、軽トラを運転して木材の処理施設を往復するなど率先して職人のサポート役を務めた。
「自ら作業すれば人工の削減にもなりますし、先頭に立って動くことで職人さん達もついてきてくれます。職人さんも複数の現場を抱える中、この現場に来てくれていることへの感謝もありました。職人さん方には、人工の削減は考えていませんので、知恵と工夫でコスト削減をしていただくようお願いしました」(ソウシュウさん)
たとえば、屋根工事。岡山市では珍しく雪が降り始める最悪のコンディションの中、職人同士のアイデアと技術で対処してもらった。
トタンを剥がして破棄し、新たにガルバリウム鋼鈑に差し替える予定だったが、下地が樹木の影響で想像以上に腐食していた。大工、板金職人が意見を出し合い、腐って取り除ける垂木や野地板を取り除き、新たに垂木と野地板に差し替えた。
また一般的な施工の合成複層ルーフィングによる雨漏り防止と下地材の保護、民泊運営で課題となる光熱費削減のためにアルミ遮熱シートによる施工をしている。
ほかにも長年空き家で電気メーターと電線が電力会社により撤去されていたことから電線工事、下水工事やガスメーターの交換と配管のやり直し、ポンプで庭の池の水を抜きヘドロの除去も行った。
当初予定していた開業直前には西日本豪雨による観光風評被害で延期。様々な困難を乗り越え2018年9月ついに「桃雉庵本館」は開業する。
リノベーションの真っ最中には、万が一民泊に失敗した場合は自宅に使おうとも考えていたというが、
「コロナの感染拡大で稼働率が下がったときは苦しかったです。苦境に立たされながらも銀行返済できるぐらいの稼働率は維持できたので、今年(2023年)の7月に完済できました」と、
ソウシュウさんは話す。
日本人旅行者はクチコミ評価が厳しい?
「期待値を上回る付加価値」を提供したい
ソウシュウさんが民泊事業を行うなかで大切にしていることは、「期待値を上回る付加価値の提供」だという。
期待値を上回れば、旅行中でテンションが高く何をやっても喜んでくれる外国人旅行者はもちろんのこと、評価に厳しい日本人旅行者のクチコミも下がらないというのがソウシュウさんの考えだ。
たとえば、天井の高い室内に、大理石調のフローリング(施主支給で安く仕入れた)、施設自慢の檜風呂といったハード面はもちろんのこと、民泊のサービスとしては珍しい、朝食用の食材の提供も行う。
「『Airbnb』は、エアーベッド アンド ブレックファーストの略だと知り、自分もそれをやってみよう。旅館じゃないので食事の提供はできないけど、農業が盛んな岡山の新鮮野菜や、地元で評判の高級食パンを提供しています。よかったら皆さんで調理して食べてください、という思いで提供を続けています」(ソウシュウさん)
『Airbnb』のレビューを見ても、これらを粋なオーナーからのサービスと受け取る利用者は多いようだ。
ほかにも、
「人の信頼に重きを置き、ハウスルールは最低限とし、利用者の自由度に任せ、快適に過ごしてもらう」
「近隣の住宅に迷惑をかけないよう、利用時には顔を合わせて案内をするようにしている」
「退出後の汚れた部屋をヒントに運営を改善している」など、
ソウシュウさん流の運営ポイントがあるという。
2020年4月には、「桃雉庵本館」の近くにあった90坪の再建築不可の築古戸建てを手に入れ1年かけてフルリノベーションし、2022年3月に「桃雉庵別館」として開業した。別館では、浴室にはジェットバスを入れ、大きなFIX窓から大きなクスノキが見える開放的な空間に仕上げた。
コロナ禍で本館の稼働率が下がる中での融資、ウッドショック、半導体不足による建材の欠品とこちらも苦難の連続だったが、やっとの思いで完成させた別館は『Airbnb』でレビュー31件、星4.94(2023年8月1日時点)の評価を得ている。
「5年民泊事業を続ける中で、高単価かつ高評価の運営には自負がありますし、金銭的な対価を報酬として得られています。
ただ、観光需要の多い大都市圏ではなく、観光知名度の低い地方都市岡山で勝負をしていますので、より地方にも足を運んでいただくために、さらなる旅行需要の拡大に向けての活動に取り組んでいます」とソウシュウさんは語る。
なお、ソウシュウさんは2021年からボランティアで、Airbnb地域(中国・四国)コミュニティリーダーを務めるほか「岡山県北リスティング駆け巡り見学会」などのイベントを開催。「おかやま宿泊会」でのコミュニティ活動にも参加する。
民泊向けの改装は多額の資金が必要となり、失敗すると損失も大きいことから、互いに知識の共有ができるコミュニティ作りができればと、人同士を繋ぐ活動も続けている。
執筆:
(すどうみき)