内見時に、男性の不動産会社社員が、入居希望の女性に対して無理やりわいせつな行為をしたとして、42歳の仲介会社の社員が逮捕された。
これを「けしからん性犯罪」という考えと捉える一方で、これから収益物件の視点でどのような時代の変化が起るかをレポートしたい。
大手仲介会社が起こした
事件の余波
福岡市博多区で、賃貸物件の内覧に訪れた26歳の女性に無理やりわいせつな行為をした疑いで、株式会社エイブル(本社:東京都港区)に勤める42歳の男が2021年5月26日逮捕された。
事件の発生は繁忙期を超えた4月15日。容疑者は2件目の内覧時に犯行に及んだ後、3件目もそのまま内覧し、内覧終了時にはLineの交換を求めてきた。
被害女性は個人情報を渡していたため怖くて途中で逃げ出せなかったとのこと。業界大手の社員が起こした犯罪は、コロナ禍の報道の陰でも十分インパクトのある物だった。密室である部屋での卑劣な行為は決して許されるべきではない。
前年にも逮捕歴がある人物を
なぜ採用したのか
当該容疑者は、2020年6月に帰宅途中の見知らぬ女性当時19歳に対して強制わいせつの疑いで逮捕されていた。にもかかわらず、2021年2月にエイブルに入社。つまり、入社わずか2ヶ月での犯行である。
通常、採用時には応募者の身元調査や適性検査が行われる。それに加えて、エイブル社は管理会社として入居者の家賃保証審査など人物審査のノウハウなども持っている。
犯罪歴や滞納リスクなどを鑑みて入居審査を行う事を生業としているにもかかわらず、当該容疑者はすり抜けて入社し、2ヶ月で犯罪行為に及んだこととなる。
再発防止策として、
入室しない内覧へ
事態を重く見たエイブルでは、以下の再発防止策を5月27日にプレスリリースした。
・内覧時に、社員は入室を控える。
・女性ひとりのお客様には、女性社員が案内できる体制へ
・外部の有識者、弁護士、専門家とともに委員会を設置
・全社をあげて社員教育を徹底
後半は、企業の謝罪としては比較的よくみる手法であるが、前半ふたつの項目が重要だ。内覧時に入室して、新生活の暮らし方を説明するからこそ、お部屋探しの成約率があがるものであり、仲介力のポイントといえる部分。そして女性のひとり来店に、必ず女性社員が案内できるほど、女性社員比率が潤沢ではないかもしれない。
被害者と加害者が
逆のケースも
また、男性のお客様と女性の従業員という組み合わせや、同性通しでも様々な事件が起っている。
2020年3月には、IT関係会社役員の男性容疑者が、葛飾区から足立区で運転中に不動産会社に勤務する20代の女性従業員のスカートの中に手を入れてわいせつな行為をし、逮捕された。
2021年3月には、東京都江戸川区のマンション一室で、不動産会社の女性が男に刃物のようなものを突き付けられキャッシュカードなどを奪われた。
江東区のマンションでも内覧客を装った50代ぐらいの男と60代ぐらいの女が、案内した不動産会社の女性から現金などを奪っている。
単なるコンプライアンスの問題というよりは、初対面で閉鎖空間に行くというリスクは、入居希望者にも不動産会社社員にもリスクがつきまとう。
1企業、1社員の事件ではなく、
賃貸業界の一員として全仲介会社はどう考えるか
賃貸業界では、「大手管理会社の物件に界壁が無かった」「新興のサブリース会社が預金残高を不正に改ざんして、無理な収益物件販売を続け破綻した」「建設会社の手抜き工事で、築浅物件の階段が落ちて死亡事故が起った」「スプレー缶をまとめて噴射して、大爆発事故を起こした」といった、コンプライアンスに関わる事件が相次いでいる。
今回の事件を「競合ライバル会社の敵失」と考えるより「同業大手会社の他山の石」と考えるべきである。折しも管理業法が制定され、国民の業界に対する目は厳しい。仲介という仕事そのものの質を見直す必要がある。
収益物件オーナーも
業界の一員
耳障りの悪い話ではあるが、「賃貸業界の事件」であり、「他人事ではない」のは、実は収益物件オーナーにとっても、同義ではないだろうか。
「私が頼んでいる不動産会社ではそんな事は起こるはずがない」というご意見もあると思うが、別角度で見れば、消費者は内見時の密室に恐怖やリスクを感じる。そしてその安全安心をしっかりと担保しなければ、収益物件オーナーの賃貸経営が滞る。
「困った人間がいたもんだ」という感想だけでなく「自分の所有物件ではそんなことがないようにしたい」と考えてみるのも、良い機会ではないだろうか。
「オンライン内見」を
妨げていないだろうか
コロナ禍の濃厚接触を避けるために急激に広まったのが「オンライン内見」である。ZOOMやLineビデオなどで、不動産会社社員がお部屋の動画を見せながら、現地から実況中継するという手法だ。ライフルホームズでは、「オンライン内見可」で検索可能であり、全国では18.5%の物件が可能となっている。
ところが、実際にオンライン内見を開始すると、「物件を見ないで決めた」故に、「入居してみたらこんなはずじゃなかった」というトラブルもチラホラ聞く。
「カビが生えていた」「家具が入らない」「案外音がする」など。クレーム対応に手を焼いた収益物件オーナーから「一度、入居者が見てるんだから我慢しろと言いたいから、オンライン内見は、うちの物件は禁止にしてほしい」という声も入っている。
しかし、オンライン内見は、それこそ、「密室でふたりにならない」安全な見学方法でもある。感染対策としても、また性犯罪被害を防止する上でも有効だ。クレームを避けるには、入居決定後に鍵渡しをして部屋を自分で見てもらうのも良いかもしれない。
そもそも、住んでみたら思っていたのと違う、というのは、「102号室が3月末退去なので、今空室の103号室が同じ間取りなので見学して契約はしましょう」などとこれまでもあった話。オンライン内見そのものを禁止する流れではないのだろう。
スマートキーを設置し、
セルフ内見可能に
また、スマートフォンで解錠が可能な、スマートキーも少しずつ普及してきている。この仕組みは、特定の日時だけ解除可能な暗号を、入居希望者のスマホに送り、別時間帯には解除が出来なくするための仕組みである。
これを使えば「不動産会社と一緒に行かなくても、自分一人で、部屋を見学して、質問があれば、チャットやスマホで不動産会社とやり取りする」事が可能だ。
これを実現するには、スマートキーを物理的に設置する必要がある。ようするに投資が伴う。新築建築時からそうした構想で設備投資していれば、比較的容易であるが、既存の築古物件で「水道メーターの上に南京錠の合鍵が置いてある」といった状況では難しい。
探し方は「お客様が選べる」
という時代に
もちろん、「道もわからないので、不動産会社の人と一緒に行きたい」という入居希望者もいる。「オンラインで説明してくれればそれでいい」という人もいる。「自分ひとりで見学するから同行不要」という人もいる。性別や年齢、あるいはその人の感性も違う。
すなわち、入居希望者という顧客と、案内をする不動産会社社員というパートナーに、内見方法が選べるようIT対応をしておくのも、犯罪防止、ならびに物件の資産価値向上には有効な施策となるのだ。
ひとつの事件を教訓に、収益物件の近未来を考え、周辺物件より一歩先を行くことで資産価値を高めていく事は有効ではないだろうか。
執筆:上野典行(うえの のりゆき)
【プロフィール】
プリンシプル住まい総研 所長1988年リクルート入社。
大学生の採用サイトであるリクルートナビを開発後、住宅情報タウンズ・住宅情報マンションズ編集長を歴任。現スーモも含めた商品・事業開発責任者に従事。 2008年より賃貸営業部長となり2011年12月同社を退職し、プリンシプル・コンサルティング・グループにて、2012年1月より現職。All Aboutガイド「賃貸」「土地活用」。日管協・研修副委員長。全国で、講演・執筆・企業コンサルティングを行っている。