住宅・不動産業界は、低金利政策が長期に続いている恩恵をうけて他業界に比べてデフレからいち早く脱出した。国内のマンション販売価格などをみると、それが顕著に表れている。
不動産経済研究所が7月20日に発表した2023年1~6月の新築分譲マンションの平均価格は、同社が調査を始めて以来、東京23区平均で初めて1億円を突破した。
2022年の同時期に比べて6割も高く1億2962万円だ。これは、今年2月にデベロッパー大手が販売した「三田ガーデンヒルズ」などの億ションが多く出されたことで例年よりも平均価格が押し上げられた側面がある。
一般消費者からすれば高嶺の花だ。東京23区でマンションを購入することが難しい水準になっている。首都圏全体の平均価格も4割増しで平均8873万円である。大手企業では賃上げ傾向にあるが、その賃上げが追いつかないスピードで住宅価格が上がっている。
商業用不動産取引額も今年は増加傾向
個人向けの不動産取引に限らず、機関投資家などの取引対象となる商業用不動産をみると、こちらの国内の売買取引も大幅に増加している。
不動産サービス会社のジョーンズ ラング ラサール(JLL)の調査によると、2023年1~3月期の売買ボリュームは1兆1784億円と前年同期比61%になっている。
第1四半期中には、小田急電鉄による小田急第一生命ビルの売却や、カナダの不動産投資ファンドであるベントール・グリーンオークによるリーガロイヤルホテルの取得など大型取引があった。
特に海外投資家にとっては円安と金融緩和政策が続いていることは投資家を引きつけるだけの魅力がある。JLLでは海外投資家のシェアが23%(前年同期比は17%)になったとしている。
個人の実需も機関投資家の投資意欲も、今後の金融政策の変更が市況悪化の懸念材料として意識されるが、当面は長短金利操作(YCC)の修正が見送られるか、修正があっても若干の調整にとどまるとの見方が多い。
つまり、大幅な金利上昇にならずに安定した売買市況、安定した投資環境が続くとみられている。こうした想定の下、JLLは2023年の不動産投資額はおよそ4兆円規模と前年比20%ほどの増加を予想している。
3年に及んだコロナ生活が社会を変えた
ただ、こうした不動産市場にありながら、J-REITや不動産会社の株価は冴えない。日経平均株価が3万円台に乗り、バブル経済崩壊後の最高値をたたき出す中で、不動産各社はその流れから取り残された感が強い。
三井不動産、三菱地所、東急不動産ホールディングス、ヒューリック、野村不動産ホールディングスなど大手不動産会社は軒並み元気がない。
J-REITを見ても東証REIT指数は7月21日(金)時点で1874.30ポイントにとどまっている。2007年5月に付けた高値2612ポイントの背中は遠く見えない状況だ。
要は投資家を引き付ける力が弱まっている。新型コロナウイルス禍を境に社会構造が大きく変わったことが大きいと思われる。
およそ3年に及ぶコロナ下での生活は、在宅勤務、いわゆるリモートワークが定着した。爆発的な感染症の拡大により逼迫した病院を見てコロナ禍で子どもを産むことを避けたことで出生率も80万人を割り込む水準にまで落ち込んだ。
不動産大手のオフィスビル賃貸運営は、安定した賃料を基に不動産の評価額も上げるという好循環が投資家から評価を受けてきたが、その見方が一転した公算が大きい。
出社割合は7割が限界か。相次ぐ新規オフィス供給に疑問符
分譲住宅市場は人口減少がダイレクトに響く。オフィスに毎日出社する必要がなくなったことでテナントが借りる床面積が減少する。とりわけアメリカではフィズコロナ、アフタコロナであってもワーカーが会社に出社せずに在宅勤務が続いている。
日本ではコロナ前の7割まで出社割合が回復したとされるが、アメリカは5割程度に過ぎない。世界的に発信力の強い米国のこうした潮流を見て、7割程度まで出社が回復しているものの、それ以上は増加しない、むしろZ世代やその後の世代の若者が社会に出るころはAI(人工知能)の進展とともに出社割合がさらに低下する可能性もある。
株式投資歴30年の男性50代は、「オフィスがなくなることはないが、社会構造変化を無視した新規供給に危機感を持っている。2次空室はもっと深刻になるだろう。既存物件を生かしたビル再生も進んでいない」と語る。
AI技術の発展は著しい。出社するのと変わらない労働環境やコミュニケーションが在宅で得られる時代が到来するかもしれないという。
シングルタイプの賃貸住宅も供給に過剰感
オフィスビル仲介の三鬼商事の調査では、5月時点の平均募集賃料が30カ月連続で前年同月比を下回っている。賃料に下げ止まりの気配が見られない。2023年と2025年にビル大量供給の年となり、2022年までの20年間の平均供給量を上回るとみられている。
分譲住宅市場は人口減少がダイレクトに響く中で、ロシア・ウクライナ戦争の影響により、建設資材の価格高騰が影響しているが、早期の戦争終結が見通せない中で高止まりが続く。
賃貸住宅市場は人口減少下でも晩婚・未婚、高齢社会により、単身世帯数が増加傾向にあるが、東京都内のワンルームタイプは供給過剰であるのが現状だ。
不動産株会社とJ-REITの株価に覇気のない現状は、経済情勢や社会構造の変化を踏まえたうえで企業の収益力が上がる成長戦略を示すことを投資家が暗に促していると言えそうだ。
健美家編集部(協力:
(わかまつのぶとし))