
全10戸のうち、4室は10年前の火災後、柱・梁は修復したものの、屋根裏は黒焦げ、内装も当時のままという悲惨な状態のアパートが建築家であるオーナー・米田真大氏(YND ARCH)の手によって再生された。難易度の高い改修の内容を聞いた。
リノベ前提で物件探し
建築家の米田氏は不動産投資家でもある。3〜4年前に政策金融公庫の融資を利用、6室のアパートを購入して経営しているが、きれいな物件だったため、購入時点から手を入れることなく満室が続いているという。
それに対し、周囲からはせっかく建築家でもあり、設計、リノベーションの力を見せるような物件を手掛ければ良いのにと言われ続けてきた。
さすがに何十回も言われ、よし、それならと物件探しを開始、出会ったのが10年前の火災で焼け焦げになった物件である。場所は千葉県佐倉市志津。お隣に計画的な分譲地として知られるユーカリが丘があるといえば、おおよその位置はお分かりになられるだろうか。最寄り駅は京成線の志津。駅からは歩いて8分ほどの、一戸建てと小規模なアパートが建つ住宅街である。

建物は木造2階建て、各フロアに17.5uのワンルームが5戸並ぶ、ごく普通のアパートである。
普通でないのは親からこの物件を相続した元所有者が全くやる気のない大家だったこと。相続後、10年前に火災が発生、4部屋が被災したのだが、大家がやったのは柱、梁の修復のみ。それ以外は何も手が付けられておらず、屋根裏は黒焦げ、内装は火災当時のまま、焼失したバルコニーはないままに放置という状態だった。
黒焦げ物件は実は高収益物件だった
と、これだけを聞くと手を出してはいけない物件と思ってしまう人もいるだろう。だが、利回りを計算すると意外なことに収益性は高かった。
「確かに5室は空いているのですが、残り5室は埋まっており、物件価格は1480万円。その時点で実は利回りは13%ありました。だから、実はそのままでも収益としては悪くないのです。そこに手を入れて全室を満室にすれば26%です。もちろん、改修をしなくてはいけないので、その費用がかかりますが、それでも15%は行く。リノベで価値を挙げられればさらに行くかもしれない。よしということで購入に踏み切りました」。
火事で黒焦げ、10室中5室空室という言葉だけにダメと思われていた物件だが、冷静に精査すると実は高収益物件だったのである。
17.5uでは戦えない
改修ではルームサインやDIYによる手すりの塗装など細かい工夫も多数あるのだが、建築家らしい大きなポイントは横方向、縦方向にそれぞれ二戸を一戸とした部屋。広さだけでなく、見た目、使い勝手などが大きく向上しており、これまでの居住者とは違う層を狙える、家賃を上げられそうな改装なのである。
この背景にはこの地域に多い17.5uほどの狭いワンルームでは現在のニーズに合わないという考えがある。
「最近のワンルームは30u越えもあるほど広くなってきています。在宅時間が増えたことで広さを求める傾向があり、逆にこの物件のような20uを切る物件は築古ならあるはずなのに成約していない。選ばれなくなっていますし、こうした部屋を借りる層が実家に戻るなどして市場のニーズが消失しているとも聞いています。しかも、この物件はバルコニーもありませんし、築35年オーバーと古い。
となると取りうる作戦は2つ。ひとつはこのままで最安値を狙うというもの。この地域では相場は坪5500円くらい。ワンルームで古いと3万円を切ることもあり、最悪2万円台で募集するという手があります。
もうひとつは二戸を繋げて広くして、そこで家賃を上げていくというやり方。横に2戸繋げると35u超になるので相場並みでも5万8000円。実際にはもう少し強気に7万円越えで募集をしてみようと思っています」。
ただ、本来ならリノベーションの効果はもっと都心寄りの相場が高いところのほうが生きるという。
「都心近くなら予算オーバーでも物件が良ければ借りてくれる人はいます。月島で古民家を手掛けたことがあるのですが、そこでは1〜2万円予算オーバーしても借りたいという人がいます。
でも、首都圏でも埼玉県、千葉県の郊外部ではその感覚はありません。ですが、この物件をここまでの改修ができることを懇意にしているパートナーの不動産さんや投資家さんへ知ってもらう目的もあったので、家賃が大幅にアップしなくてもそれはそれで良しと考えています」。
縦に二戸一部屋には専用バルコニーも

では、具体的に二戸一にした部屋をみていこう。最初は縦に二戸と繋げた部屋。建物の角にある部屋で、1階の奥に階段を設置、2階へ上がるように作られている。

1階にはリビング、キッチン、トイレ、2階には寝室とバスルームが配されており、これなら来客があってもプライベートを見られなくて済む。独身男性の在宅ワークを想定しており、インテリアも黒や無骨な印象のある金具でインダストリアルな雰囲気に。
1階にはプロジェクター投影用の白い壁、ライティングレールが設けられており、これは仕事にも、趣味にも使えそうである。

2階は小屋裏を活かした天井の高い部屋になっており、天井の高さが広さの印象を左右することが実感できる。もうひとつ、面白いアイディアはこの部屋の前で行き止まりになっている共用廊下を簡易的に仕切ってこの住戸の専用バルコニーとしていること。

この建物は一部が雁行型となっており、角住戸の前は廊下から少し下がった見えにくい場所となっている。そのため、プライベートで使っても他の住戸には影響がなく、かつ、使う人には使いやすいのである。

しかも、バルコニーに面した場所にはバスルーム、洗面所が配されている。風呂上りにバルコニー側のドアを開けておけば風が入り、気持ちよく使えるはずだ。
横に二戸一住戸はロフト付き

続いて横に二戸を繋げた2階の住戸である。内覧会ではこの部屋が広さで人気だったそうで、元の1室をリビングキッチンにし、もう1戸を水回り、収納と寝室に充ててある。寝室は4.5畳、リビングは11.6畳となっており、これだけの広さならカップルでの居住もあり得る。

この部屋も小屋裏を利用して天井が高くなっており、キッチンの上にはロフトも。電源や間接照明も用意されており、使い方次第では寝室にも、趣味部屋にも、収納にも。女性に人気のウォークインクロゼットも設置されている。

二戸一だけでも面白いのだが、米田氏は今後は3部屋繋ぐ、縦に繋いだうえで1階を駐車場にする、インナーテラスを作るなどの手もあり得るのではないかという。木造であれば間取りの変更はかなり自由になる。それによって古い建物を全く違うコンセプトで甦らせることもできるわけだ。
二戸一住戸の賃料は6万9000円+管理費5000円を予定している。募集はこれからだが、家賃に水道代、約3000〜4000円が含まれていることを考えると、お得感があるのではないかと米田氏。反応が楽しみである。
大小さまざまな工夫が満載
二戸一住戸が目を惹いたが、同物件にはそれ以外にも差別化、物件の価値向上のための多数の工夫がある。内覧会で配布された資料には「投資用ワンルームの50のリノベテクニック」という文言があり、実際に工夫がナンバリングされていた。
そのうち、いくつかを紹介しよう。
まずは室内から。

あまり見ないものとして下駄箱の工夫があった。203号室では既存のシューズクロゼットを壁に埋め込んで安価に作り付け家具としており、106号室ではレトロなスチールキャビネットを靴収納に代用している。見た目が他と違う上に安価というのであれば試してみる手はあろう。

最近、他の物件でも良く見るようになった扉のない収納だが、こうすれば収納部の面積も専有面積とできて上に、実際にも広く見える。見せる収納に抵抗のない世代が増えているようでもあり、有効な手である。
これで良いのかと思ったのは落下防止にと取り付けられたカットレギュラーチェーン。前述したようにバルコニーは焼失している。これを作るとなると改装費が嵩むことから、米田氏は掃き出し窓にチェーンと取り付けて落下防止とした。子どもが住むわけではない、大人ならこれで十分だろう。
続いて外回り。


外装がきれいになったことに加え、郵便受け、宅配ボックス、給湯器などが交換、新設されており、ぱっと見た目にも新しくなった印象である。錆びだらけだった手すりは米田氏とスタッフの蛭田氏が自ら塗装したそうだ。


加えて玄関の照明やルームサインもデザイン性の高いモノとなっており、こうしたものの印象も大きい。単に交換して新しくした以上の効果があるはずだ。
こうした改装一式にかかった費用は約1200万円。それでも高利回りであることは前述した通り。と聞くと、では自分もと思う人もいるだろうが、この規模になるとすべてDIYは難しい。
「最近では一戸建てを購入してDIYで再生という例も多く出て来ていますが、戸数の多いアパートとなるとハードルが上がります。この物件では火事のほか、白アリ被害もありましたし、雨漏り、基礎のひび割れも。ここまで不測のある物件となるとやはり専門知識が必要だろうと思います」。
もうひとつ、話を聞いて面白いと思ったのはこの物件は長年放置されていたため、周囲からは白い目で見られてきていた。だが、米田氏は近隣からの文句を聞き、その人たちと良い関係を築いてきたという。
「一般的な大家さんであれば文句は聞きたくないと管理会社に任せてしまうでしょうが、あまりにクレームが続くと管理会社が手を引くことも。そうなってから出て行くのでは収拾がつかない場合もあります。長く経営をするつもりであれば地元との良い関係は大事。それは住んでいる人にもメリットになるはずです」。
住宅だけでなく地域との関係も考えての仕事ぶり、見事だと思う。
健美家編集部(協力:中川寛子)