バブル経済の崩壊により、大手証券会社の一角であった山一證券は1997年11月に自主廃業に追い込まれた。当時、社長が涙ながらに「社員は悪くない」と会見した様子を覚えている人は多いだろう。
その元山一證券マンだった内田裕樹氏(仮名・55歳)は銀行に転職して働いてきたが、既に不動産投資で成功して手取りで月額100万円の家賃収入を得ていたことから銀行を今年6月に退職してFIREを実現した。現在、自身の経験などを踏まえながら不動産投資に関する本をアーク出版から出す予定で執筆中だ。

「サラリーマン時代が順風満帆だったわけではない」と振り返る。
大学を卒業して山一證券に就職したがバブル崩壊で会社が飛んでしまい、その次に就職した銀行でも統廃合などが相次ぎ銀行界も荒れていた。
内田氏は、「サラリーマンは安定した職業と言われ、その中でも銀行は世間的にも安定しているとの評価だった。しかし、私は銀行であっても不安定で、いつどうなるかわからないという認識を強くしていった」と述べる。
銀行の統廃合が進む中で、証券マン時代から手掛けてきたアナリストという仕事がなくなって異動が発令された。
「銀行から出向して運用会社でアナリストをしていたが、運用会社も統廃合の憂き目に遭い銀行に帰任することになった」と話す。最終的にその運用会社は売却されたという。
中古ワンルーム中心に計20棟を運用中
バブル経済の爪痕は深く銀行破綻も相次いだ。旧山一證券の同僚たちは、東京都が設立した新銀行東京(現きらぼし銀行)や外資系銀行などに転職したが、そこでも結局同じような憂き目に遭っている。
外資銀行も日本から撤退するなどで元同僚がもがいている状況を見て右往左往しても仕方がない。当時、30代も半ば過ぎ。転職限界35歳説が根強いニッポンでの転職は苦労すると思い銀行に残って新しい仕事に取り組むことを決めたという。
銀行側はリストラなどをしなかったものの、「この先どうなるのか」という思いは大きくなるばかりだった。別の収入を得る選択肢を模索し始めて不動産投資を2009年にスタートを切った。
不動産投資を選んだバックボーンとして、親や親戚が不動産投資めいたことをしていたのを見て育ったことが影響していると自身を分析している。
銀行時代に投資信託や住宅ローン、アパートローンといった業務に携わってきたことが結果的に不動産投資にプラスに働いている。
中古ワンルームマンションを中心に一棟アパート2棟と戸建て住宅1棟を合わせて計20戸を運用している。東京をメインに一部川崎市や埼玉県と東京都の県境だ。「ワンルームは日本財託グループ経由でお世話になっている」という。
経済的自由という意味では以前から獲得はしていたが仕事が嫌いだったわけではないため、サラリーマン大家を続けてきたが、最後の転機はこの春に訪れた。再び異動辞令が出た。
「得意分野が生かせる異動だと言われたが、年配の異動をこれまで見てきて苦労しているのを知っているだけに、もういいかな……」と思い、今年6月に退職した。
銀行の融資姿勢は「地主>サラリーマン大家」
銀行マンは、お金の流れやローンの仕組み、マーケット分析などに詳しいので、不動産投資をしている人が多いかと思いきや全くの逆だとも明かす。「不動産投資の話をすると、それはやめておけ」となる。
銀行のスタンスとしては、住宅ローンや教育ローンなどに抵抗感を持たないが、海千山千モノ、不動産投資で大きなお金を必要とする場合は、借金漬けでお金に困って銀行内のお金に手を出すのではないか、という心配をするからだ。行内では、競馬やパチンコなどギャンブル好きは要注意人物として見られているという。
銀行の商品としても地主が自分の土地にアパートを建てて相続対策をすることに抵抗感はない。建築資金を貸し出すだけで融資が焦げ付くリスクが低いからだ。
返済が行き詰まっても、土地まで担保に取っているので物件を処分すれば建築資金の回収は容易にできる。地主は富裕層が多くそもそもの破綻リスクを心配する必要がないとみている。
その一方でサラリーマン大家になると銀行は待ったをかける。普通のサラリーマンは、不動産投資で一定の割合で破綻している。このため地主と違い危ないとの認識が強いとする。

投資判断、表面利回りは当てにならない
自身の今後の運用については、キャッシュフローが約160万円、手取り額が100万円になっているが、今後は資産を積み上げていく予定はない。「手取りで100万円あれば十分だ。1カ月の生活でそうそう使い切れる額ではない」と話す。
ただ、将来的に資産の入れ替えは考えている。運用中のアパート2棟は、
「非常に利回りは高い。しかし、ボロボロ状態で手間がめちゃくちゃにかかる。築年数は50年超、60年超だ。居住者の属性も難のある人が多く、驚くような出来事は事欠かない。
家賃滞納、ゴミ屋敷状態、ネズミの巣窟、ゴキブリだらけ。経験値が増すと思ってボロ物件に手を出したが、これでは子どもに残せない。売却して別の資産に入れ替えることを検討していく」
と話す。
不動産投資家デビュー前のアドバイスについては、
「成功する秘訣はない。あえて言えば失敗しないことだ。不動産で失敗すると本当に破産してしまうため、過度な借り入れは慎重にすべきだ」
と警鐘を鳴らす。
年収1000万円以上を対象に億単位の物件を売り付ける営業マンも散見するが、「本当に大丈夫か?」と疑ってかかり、自分の収入と家計の状態とを照らし合わせて身の丈に合った投資を選択すべきと促す。
また、投資判断をする際に表面利回りはあてにならないとする。「私のアパートの利回りは12〜14%だが、空室期間が長くなったり、修繕費用が多くかかるので表面利回りはまったく意味がない。
中古ワンルームの空室率は1%台で推移している。退去後の空室期間は平均3週間。早いと2週間で次の入居者が決まる」とリーシングは順調に進む。ワンルームマンションの入居者で印象に残るようなトラブルはなく、戸建て住宅は単身者がSOHO的に使ってもらっていると他の運用物件の満足度は高い。
コロナ禍でも立地の重要性は変わらない
初めて投資する人は、安定的な物件で始めて運用戸数がある程度増えるなり、経験値が増してから次の一手を考える。余計なリスクをとって大きくやるのは厳しい。高い利回りというのはリスクが高いということを認識することを忘れてはならないとする。
「私が投資するワンルームは利回りが低くて敬遠する人も少なくないと思うが、ワンルームだけでも経済的自由を達成するところまで行ける。私がそうだ。私の先輩たちも経済的な自由を獲得している。後輩も近づいている」と駅近など立地を間違えなければ問題ないと強調する。徒歩10分を超えると、アパートが増えてくるので、それらアパートとの競合が激しくなる。
初心者は少しでも安い方がよいと考えて駅から少し遠目に妥協したり、ターミナル駅が遠い場所を選ぶケースもあるが、アパートとの競合が増えれば空室リスクや家賃値下げリスクが増す。
いつの時代も、コロナ禍で郊外が注目されていても、不動産の価値を判断する立地の重要性が変わることはないと訴えている。
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健美家編集部(協力:
(わかまつのぶとし))